▼ はじまりの儀式
結婚の儀式は本当に形式的なもので、私はその間ずっと、少しの距離を空けて夫となる人物の隣に立っていた。
同じ方向を見て、向かい合うこともなく。
これが政略結婚なのだと実感するような式だった。
もちろん納得はしているし、次々と儀式をこなす中で物思いにふける余裕もなかったけれど――少し落ち着くと、心細さがわずかに胸にこみあげる。
私付きだという女官のマリカさんという人はとても優しくて手際もよくて、そばにいてくれてとても助かっている。
けれど、気安く感情をそのままぶつけられる相手がいないことは、やはり少しだけ、辛かった。
そして、隣に立つ夫――カズマ殿下は、驚くほど整った顔をしているけれど、全く笑わない。何を考えているのかさっぱりわからなかった。
もちろん、カズマ殿下にとっても政略結婚だ。嬉しいとか楽しいとか、そんな気分にはならないのだろう。
それでも『性格に少々難あり』という評判を聞いていた私は、ますます不安になる。
何か気に障ることをしてしまったのではないか、とか、本当は他に結婚したい相手がいたのではないか、とか。
考え始めればきりがなかった。
と。
(あ、襟が……)
ふと目を遣ったカズマ殿下の襟が片方、少しだけめくれてしまっていることに気付く。
今日は風が強かった。さっきまで外にいたから、それでめくれてしまったのだろう。
私は、少し躊躇ってから、まっすぐ前を見据えているカズマ殿下に声をかけた。
「あの、王子殿下……」
すると、
「……何だ」
振り返ったカズマ殿下は、なぜか眉間にしわを寄せ、少しだけ間を空けてから私に答えた。
何か、まずいことを言ってしまっただろうか。話しかけただけ、のはず。
呼び方が間違っている――わけはない。私たちのそばに立っている柔和な表情の男性がこの国の王であり、カズマ殿下はその一人息子だ。だから『王子殿下』。
何が、この人の顔をしかめさせたのか、さっぱりわからなかった。
「あの、左の襟が少し、めくれています……よ?」
びくつきながら、私はカズマ殿下の襟に手を伸ばす。――だけど、気安く触るのは躊躇われて、私はその手を引っ込めた。
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