▼ 綺麗な世界
あの子はいつも、私を「好き」だと言う。
屈託のない笑顔で、嘘のない声で。
私はそれが嫌で嫌で仕方ない。
私とは比べものにならないくらいに可愛くて、明るくて、何でもできて、たくさんの友達がいるあの子。
私は、自分に嫌気がさすくらいに、何もない人間。
そんな私に、ためらいもなく「好き」だなんて言えるあの子の綺麗さが、虫ずが走るくらいに嫌だ。
あの子が「好き」だと言うのは私にだけではない。
だからと言って、その「好き」は決して安売りされたものではなくて、あの子にとって特別で自然なもの。
だから、あの子が私に言う「好き」も、あの子の特別なものだ。
そんなことはちゃんとわかっている。
だからこそ、嫌なのだ。
私の書いた文字を見て、私の描いた絵を見て、私の発した言葉を聞いて、そして私自身に対して、あの子が口にする、「好き」。
そのどこにも、汚いものは存在しなくて、それはとてつもなく美しい二文字だ。
だけど、なぜあの子はそんな言葉を私にくれる。
私なんかを好きだと言う。
言われるたびに、時に責め苦のように聞こえ、時に嘲笑されているように感じ――それでもそんな事実はあの子の心のどこにもない。
それが腹立たしい。
汚いのは自分なのだと思い知らされる。
こんな私にも「好き」だと言うあの子は綺麗で、そんな「好き」を受け取ることのできない私は汚い。
わかっているのに。はじめから、私が綺麗なんかじゃないことは。
それなのにあの子の「好き」を通して、ますます私の汚さが――あの子の綺麗さが浮き彫りにされる。
あの子の綺麗な世界は、私には眩しく眺めることしかできない遠い場所。
それでも嫌になるくらい、私の視界から消えてくれることがない。
もし、あの子の「好き」も、あの子の綺麗な世界の一部なのだとしたら。
私なんかを「好き」だと言うことで、あの子の世界は、汚れてしまうかもしれない。
いい気味だ。
泣きたくなる。
――あの子の世界をかけらでも汚したくない。
だけど、あの子の世界の一部でいたい。
あの子の世界に私がいれば、あの子の世界は汚れてしまう。
汚したくない。
汚れてしまえ、いい気味だ。
汚したく、ない。
もう、何が何だかわからなくなって、死んでしまいたくなる。
だけど死ぬことさえ選べない人間だ。私は。
そんな私にあの子が今日もくれる、「好き」という言葉。
それが、これ以上ないくらいに私のぜんぶを痛めつけて。
これ以上ないくらいに、私の生きる意味になっていると。
あの子は決して知ることはないだろう。
end
prev / next
(2/2)