▼ にわか雨の休日
(1)
予定していた会議が急遽中止となり、午後からは降って湧いた『休日』になった。
同じく予定がなかったはずの妻の姿を探す。どうやら王宮内にはいないようだ。
「リンさまでしたら、ユキを連れて中庭でお散歩なさってるはずですわ」
女官の言葉に俺はため息をつく。
よく飽きないものだ。
「今日はいい天気ですか……ら、」
空を見ながら言いかけて、女官は眉をひそめた。
「と思いましたけれど、ひと雨来そうですわね」
それを聞いていたかのように、すぐに雨粒が窓を叩きはじめた。
「リンさま、少し濡れてしまわれるかもしれませんわね。拭くものを用意してまいりますわ」
女官はひとつ礼をすると足早に去って行った。
迎えに行ったからといってどうということもないが、俺は中庭の方へ足を向けた。
―――が、いくら待ってもあいつは姿を見せない。何をやっている。
10分ほど屋根の下で待っていたが、さすがにしびれを切らし、俺は中庭へ駆け出そうとした。
また池にでもはまっているんじゃないだろうな。
その時、木の影から、妻と白い犬が飛び出してきた。
「あっ、カズマ様!」
妻は笑顔だ。
俺は眉間に皺を寄せ、近寄ってきた妻を見下ろす。
「馬鹿か、何をやっていた」
「えっ!あ、あの、雨が降り出したからすぐ戻ろうとしたんですけど……ユキが雨にすごくはしゃいでたから、ちょっとだけ遊んでたんです」
「その結果がこれか」
ずぶ濡れの姿を、目を細めて眺めると、妻は慌てた表情になった。
俺が怒ったか呆れたと思ったのだろう。
「ご、ごめんなさ、きゃっ!!」
俺は羽織っていた上着を脱ぎ、謝ろうとする妻の言葉を遮るように、乱暴に髪を拭いた。
上着ではあまり水を吸わないが、しかたない。
「俺は、風邪をひかれたら困ると言いたいんだ」
「ごめんなさい……カズマ様にはうつさないように気をつけますから」
妻は情けなく眉を下げてうなだれる。
「そういうことじゃない」
怒っているわけでも、風邪をうつされたくないわけでもない。
ただ、
「心配させるなと言ってるんだ」
「………は、はい。ごめんなさい」
妻はこちらを見上げ、三度目の『ごめんなさい』を口にした。
最初の二回とは、少し温度が違う。
やっと言いたいことがわかったらしい。
何でこんなに鈍感なんだ。
「かっ、カズマ様っ!髪が絡まっちゃいます!それに上着がぐしゃぐしゃになっちゃう!」
妻の悲鳴に、俺は我に返って手を止めた。
上着は別に構わないが。
俺は、背後の気配に、声を掛けた。
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