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俺は慌ててパーカーを脱いだ。
「え?」
きょとんとしている香奈さんの肩に無言でパーカーをかける。
そして、その手に自分の傘を握らせると、みかん箱に近づいた。
上着ごと子犬を抱き上げると、香奈さんの傘も手に取る。
「会社の先輩が犬飼いたいって言ってたから、もらってくれるか聞いてみます。今日はとりあえず帰りましょう」
「え、でも…」
「数日くらいなら、事情を話せば大家さんもわかってくれます。それより、香奈さんが風邪ひいちゃったら大変ですから」
「……うん」
香奈さんは素直に頷いた。
「………」
俺はわざと、香奈さんの先に立って歩き出す。
カップラーメンを買いそこねたけれど、もはやそんなことはどうでもいい。
いつもは「香奈さん香奈さん!」とまとわりつくように並んで歩いているから、無言で前を歩く俺を、変に思っているかもしれない。
だけど、今そんな至近距離に香奈さんがいたら、俺の理性はぶっとんでしまいそうだから、とても並んでは歩けなかった。
だって考えてもみてほしい。
しつこいようだが、雨に濡れて透けそうなシャツで目に涙をためて頬を染めた香奈さん(俺のパーカー着用)を目の前にして、この柴田次郎が平然としていられるとでもいうのか!
いや無理だ!
こんな外でどうこうはないにしても『風邪ひいちゃいけないから俺んちでシャワーでも浴びていきませんか』とか言ってしまいそうになるじゃないか。隣の部屋なのに。
そして香奈さんが『ジローごめんなさい…着替え、貸してくれないかな…』ってタオル一枚で――さらには俺のでかいYシャツを着て『……ジローもシャワー、浴びてきたら…?』とか上目遣いで――あああっ!だめだ!妄想が止まらない!!!!!!
と。
「……あの、ジロー、怒ってる……?」
いきなり、思いがけない言葉が背後から聞こえて、俺は反射的に振り返ってしまった。
おずおずとこちらを窺う香奈さんに、やっぱり俺は動揺してしまう。
「うっ!……い、いえ、あのっ、何で!?」
「こっち、向かないから……」
「えっ!!!!」
そ、それは『こっち向いて』って……いうことですか?
にやけてしまいそうになりながら、俺は否定する。
「怒ってるわけないですよ!ただちょっとその、いや、何ていうか。とにかく怒ってないです!すみません!」
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