▼ 雨と捨て犬
俺は柴田次郎。
運命の人を一途に思う25歳だ。
その運命の人とは―――
「……え?香奈、さん?」
ある雨の夕方、俺は一人、コンビニへと向かっていた。
なぜか無性にカップラーメンが食べたくなって、雨の中買いに出かけたのだった。
しかし、その途中の公園に、見慣れた後ろ姿を発見した。
しゃがみ込んで、何かを心配そうに見つめている、俺の運命の人。水原香奈さん。
「香奈さんっ!何やってるんですか…!」
いつもなら笑顔全開で駆け寄るところだが、今日はそんな余裕なんてなかった。
香奈さんは、傘もなくしゃがみ込んでいて、ずぶ濡れだったからだ。
「こんなとこで何をっ!風邪ひいちゃいますよ!」
慌てて傘を差しかけると、香奈さんははっとしたように俺を見上げた。
「あ、ジロー……」
「うっ!」
俺は思わず後ずさった。
だって、香奈さんはなぜか、いつも着てるスーツの上着を着ていなくて、真っ白なシャツが雨に濡れて今にも透けそう……いや、それだけじゃない。
こちらを見上げた香奈さんの髪からは雨の雫が滴り、なぜかその頬は少し赤く染まっていて、瞳は潤んでいたからだ。
「ジロー、どうしよう……私、」
眉を下げて、ますます涙を浮かべながら、香奈さんはすがるような目で俺を見つめる。
「あ、あの……え…?」
なにこのシチュエーション!
心臓が大暴走を始めた。
だって、好きな人が潤んだ瞳で頬を染めて(透けそうなシャツで)ずぶ濡れで自分を見つめているなんて―――ドラマか映画か俺の妄想ぐらいでしか……!
落ち着かなさすぎて思わずずぶ濡れ香奈さんから視線を逸らすと、
「あ」
みかん箱にちょこんと座った柴らしき子犬が目に飛び込んできた。
その体は香奈さんのスーツにくるまれていて、頭上には香奈さんの傘が差しかけられている。
「ここに捨てられてたから、とりあえず傘差して……飼えないし、帰ろうと思ったんだけど……心配で、できなくて……」
香奈さんは涙ぐみながら子犬を見つめ、状況を説明する。
なるほど。
香奈さんは、捨て犬や捨て猫を放っておけないやさしい人なのだ。
一人暮らしを始めてからは拾わないよう努めているらしいが、さすがにこんな雨の中、置いて帰れないんだろう。
かと言って自分が飼えるわけでもない。だけど子犬から離れられない。――その結果の今の状況なのだった。
ほんとに香奈さんは……と思いかけて、ハッと気付く。
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