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この日は、日夏が鬼だった。
日夏はじゃんけんが強いので、めったに鬼にならない。
だが、今日はめずらしく日夏が一発で負けたのだった。
いつもよりかくれんぼがつまらない。
だがせっかくだから日夏を苦戦させてやろうと、早瀬は知恵をしぼり、見つからないであろう場所に隠れた。
日夏はめったなことでは降参しないだろうから、当分一人で暇をつぶさなければならない。早瀬は地面に腰を下ろした。
本でも持ってくればよかった、とため息をついた瞬間、ガサリと木の葉をかきわける音がして、早瀬はびくりとする。
振り返ると、
「早瀬、みっけ!」
楽しそうな笑顔の日夏が立っていた。
「うわっ!なんで…!」
反射的に逃げようと立ち上がる早瀬に、日夏は「まって!」と声を掛けた。
「?」
日夏は、早瀬がいた場所にすとんと座る。
早瀬も首を傾げながら彼女の隣に座った。
日夏は「あのね、」とポケットの中をごそごそと探った。
「これ、あげる」
日夏が差し出した手の中には、かわいらしいキャンディがひとつあった。
「お父さんからもらったんだけど1つしかなかったから、一緒に隠れるときに渡そうと思ってたの。でも鬼になっちゃったから」
「……日夏のは?」
「わたしはいつももらうからいいの。これは早瀬にあげたかったの」
早瀬の手にキャンディを握らせる。
「あ、ありがとう」
嬉しくて、戸惑う。
日夏は、しばらく早瀬の隣にぼんやりと座り続けていたが、ふいに口を開いた。
「あのね、わたしずっとかくれんぼよりおにごっこの方が好きだったけど、早瀬と隠れるようになってからかくれんぼが大好きになったの。早瀬とはいつも一緒にいるのに、変よね?」
声をひそめてくすくすと笑う。
「……え?」
それはつまり、かくれんぼに『勝つ』ことじゃなくて、早瀬と一緒にいることが、という意味だろうか。
日夏は、それが、大好きだって……?
早瀬が「俺も、」と言いかけた時、日夏が弾むように立ち上がった。
「今日だけとくべつ。それ食べ終わったら出てきてね?」
それだけ言って、日夏は軽やかに駆け出す。
つかまえるためじゃなくて、早瀬にこれを渡すために、探してくれたのだろうか。
そして、こんなにあっさりと見つけ出してくれた。
やっぱり俺は、日夏にとって『特別』なのかな?
頬を染めて見下ろした、手の中のキャンディは、もったいなくて食べることができなかった。
end
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