▼ 変態のお嬢さん
先日、修学旅行先のホテルに押しかけてきた時春さんを追い返すため、やむを得ずデートの約束をしてしまった。
今日は、そのデートの日だ。
コスプレをさせられたりおかしな場所へ連れて行かれたりするのかと思えば、私が前々から見たいと思っていた映画を観ただけだった。
(時春さんには一言も話していないのに何故私がこの映画を観たいと知っていたのかは、おぞましいので深く追及しなかった)
映画は期待以上に面白かったし、時春さんが私にくっついてくることも(ほとんど)なかったし、むしろなんだか拍子抜けしてしまうくらいだった。
時春さん行き着けの高級フレンチの店で夕食を摂りながら、時春さんは妙に上機嫌だった。
「いやあ〜今日は楽しかったですねえ、お嬢さん」
「……変態行為もしてないのに楽しかったんですか?」
「当たり前じゃないですか!未来のお嫁さんと一日じゅう一緒にいられたんですから、楽しかったに決まってますよー」
「……そういうまともなことも言えるんですね。お嫁さんにはならないですけど」
「お嬢さんったら相変わらず冷たいですね。昔は自分から『おにいさまとけっこんしたいわ!』って言ってたのに」
「過去を捏造しないでください!」
キッと睨むと、時春さんはキョトンとして言った。
「えっ?お嬢さん、覚えてないんですか?」
「……えっ」
「お嬢さんほんとにそう言ってたんですよ?」
「……え……」
「そう、あれは俺が14歳、お嬢さんが5歳――俺たちが出会ってすぐの頃です」
時春さんは遠くを見るような目で唐突に回想を始めた。
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一目でお嬢さんの虜になった俺は、休日のたびにお嬢さんの家を訪ねていました。
まだ幼かったお嬢さんは俺たちの関係がどのようなものか理解しておらず、俺のこともただの優しくてかっこよくて男前で賢そうなお兄さんとしか思っていなかったでしょう。
それがある日、
『いいなずけってなに?』
お嬢さんは俺にそんなことを尋ねました。
『おにいさまとあきねはいいなずけってきいたの。だけどいいなずけってなにかあきねしらないの』
『許婚というのは将来結婚する相手のことですよ』
『けっこんってパパとママみたいなこと?』
『そうです』
『パパとママはどうしてけっこんしたの?』
『好き同士で、ずっと一緒にいたいと思ったからですよ』
『そうなの?だったらあきねおにいさまとけっこんしたいわ!だっておにいさまのことすきだし、いっしょにいたいもの!』
『お嬢さん……!』
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