▼ 午後の中庭
(1)
彼が執務室から出て来ない。
王様が一週間程、外交で留守にしているため、彼の仕事が二倍になってしまっているせいだ。
ここ三日くらい彼は執務室にこもりきりだったけれど、昨日はついに徹夜をしていたみたいだった。
私が起きている間、彼は部屋に戻らなかったし、目を覚ました時もいなかった。ベッドで寝た形跡もなくて、やっと彼と会えたのは朝食の時。
もちろん、私にできる仕事は手伝ったのだけれど、こんな時に限って『陛下か殿下でなければ』という仕事ばかりが文官たちの手によって持ち込まれた。
その量もいつもに増して多い気がする。単純に二人分だから、というだけではないみたいだ。
――彼は、昼食も『いらない』と言ったらしい。昼食も私一人だった。
『リンさま、どうにか殿下を説得して、ご休憩していただいてくださいませ。このままではお体に障りますわ』
マリカさんが困り顔で私に言った。
それはもちろん、私も心配していたことだったから、説得できるものならしたい。でも、
『カズマ様、頑固ですし……私が言ってもきっと聞いてくれません』
すると、マリカさんは私の両手を握ってにこりと笑った。
『リンさまでしたら簡単ですわ。もちろんやり方次第ですけれど』
****
「カズマ様、あの……サンドイッチを作ったんです。一緒に中庭で食べませんか……?」
彼の机の前に立ち、私はおずおずと言った。
片手には、サンドイッチの入ったバスケットを持って。
彼は、ずっと動かしていた手を止めて、ちらりとこちらを見た。
「お前、昼はまだなのか?」
「い、いえ、私はもう……」
「そうか。だったら悪いがそこに置いておいてくれ。後でもらう」
「えっ……!」
彼のその答えに、私は焦った。
マリカさんは『ご一緒に、なんてリンさまがおっしゃれば、まず間違いなく殿下は陥落なさいますわ』なんて言っていたのに、話が違う。
こうなったら、正攻法で行くしかない。
私は、ぐいっと彼の方へ身を乗り出した。
「カズマ様。陛下が疲れてお帰りになった時、お仕事が溜まっていたら負担になるだろうって、思ってるんですか?だから全部自分で片付けようって、思ってます……よね?」
「……」
彼はペンを走らせながら、何も言わない。
私はそれを肯定と受け取った。
「だけどカズマ様、もしカズマ様が無理をして倒れたりしたら、陛下はきっと気に病んでしまいます」
「倒れないから大丈夫だ」
彼のその返事に、私は眉を吊り上げた。
「徹夜してるくせに何言ってるんですか!クマができてますよ!倒れたりしなくても、カズマ様のそのお顔を見たら陛下は絶対に心配すると思います!」
すると、彼は一瞬手を止めた。
「父上のせいでも父上のためでもない。俺はただ目の前の仕事をしているだけで、効率的にこなせていないのは俺の要領が悪いせいだ。父上ならこんなものはすぐ片付ける。要は自業自得だ」
それだけ言って、再び書類とにらめっこを始める。
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