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05


「日夏、無事か……――ッ!?」


廃屋の歪んだ扉を壊し、そこに駆け込んだ俺は、しばらく言葉を失った。



「あっ、早瀬!どうしよう、わたし……」

そう、そこにいたのは元気そうな姿の恋人・日夏。潤んだ瞳でこちらへ駆け寄ってくる彼女に、反射的に胸が高鳴る。

ここまではいい。普通だ。むしろ安堵すべきことだ。無事でよかった。



しかし、日夏の両手に握られている鉄の棒と――さっきまで日夏が立っていた場所に仰向けに倒れている燕尾服の男。

これは一体。



「早瀬……わたし、何でこんなことに……どうしよう、わたし……人を殺しちゃった……!!!」

カランカラン、と、日夏が取り落とした鉄の棒が音を立てる。

日夏は、俺の服を掴んで今にも泣き出しそうにこちらを見上げた。


最初、目に飛び込んできた光景に、まさかとは思ったけれど――日夏が人を殺した?そんな馬鹿な。

もちろん、日夏が人を殺していたって俺の気持ちが変わるわけではないけれど、そういうことではなくて。

日夏が犯罪者として捕まってしまったり、周りから後ろ指をさされたりして辛い思いを――いや既に日夏の心に深く刻み込まれてしまったはずの大きな傷を、俺はどうしてあげたらいいのだろう。


「日夏、落ち着いて。何があったか、最初から説明して?」

とにかく俺がしっかりしなくては、と、日夏に状況説明を促す。日夏と目線の高さを合わせ、できるだけ優しい声で尋ねた。



「あのね、最初は『踏んで下さい』だったの」

「……え?」



『さあお嬢さん!まずは手始めに、踏んで下さい!!!』

燕尾服の変態――中原実は、日夏をここに連れ込むと、開口一番そう言ったらしい。

『あの、何でですか?わたし、人を踏んだことなんてないし、なんの恨みもない人を踏むなんてできないんですけど…』

当然日夏は戸惑った。しかし、

『それでいいのです!軽蔑の視線を向けられつつ罵倒されながら踏まれることは俺にとって至福ですが、貴女はそれでいいのです!そのイノセントな目で不思議そうに俺を見下ろしながら踏んでください!そして俺を新たな快感に目覚めさせていただきたい!』

日夏は、中原の言うことはほとんど理解できなかったらしい。

『あの……とりあえず、あなたを踏めば満足、っていうことですか?』

なんとか理解できた部分を確認すると、中原はうれしそうに頷いた。

『その通りですお嬢さん!あなたは何もわからないまま俺を踏んでくれさえすればいいのです!』

『これが、さっき言ってた人助け、なんですか?』

『ええ、そうですよお嬢さん!俺がお願いしているのですから貴女は何も罪悪感を抱く必要はないのです!さあ、踏んでください!』

四つん這いになって、中原は日夏を嬉々とした目で見上げたという。


『あの……そんなことして、何が楽しいんですか?』

日夏は、ただ疑問を口にしただけだったのだが、それを聞いた中原は、さらに頬を紅潮させ、勢いよく立ち上がった。

『ああっ、いい……!いいですよお嬢さん!!!純粋な瞳で俺の全てを否定するその残酷さ!!!いい……!』

『……?』

話に全くついていけない日夏を尻目に、中原はいそいそと壁に立て掛けてあった鉄の棒を手にした。


『お嬢さん、わかりました!踏むことに抵抗があるのなら、これで俺を殴ってください!俺の身体に、貴女のしるしを刻んでいただきたいのです!!!』

『な、殴る…!?無理です!』

『そんなつれないことを言わないで!』

無理矢理、鉄の棒を握らされた日夏は、ひどく混乱したらしい。棒を手にしたまま、立ち尽くす。

すると。

『……しかたない。殴っていただくのは貴女にはまだ早かったようです。では先に子作りから始めましょう。その前に確認させてください。まずお名前住所それから胸のサイズはAですかBですか俺の予想ではBですがまさかCではありませんよねそれからパンツの色は何色ですかそしてどこなら舐めさせてくれますか足ならいいですかとりあえずキスしましょう!』

『――ッ、きゃああああああっっ!!!いやっ!!!変態ーッッッ!!!!』


日夏は、手にしていた鉄の棒を、思いきり振り上げた。



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