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最初の『黙れ』という言葉に従うかのように、男の子が喋れば喋るほど、赤髪の人は何も言えなくなっていった。
私も口を挟むことができず、ただ立ち尽くすばかりだ。(ちなみに彼は、いつの間にか剣をしまって退屈そうに二人の様子を眺めている)
明らかに旗色が悪いというのに、それでもこの場から動こうとしない赤髪の人に向かって、男の子は思い出したように言葉を続けた。
「あ、あとさ、警察呼んでもいいけど捕まるのはアンタの方かもよ。僕、『信号機頭のバカ男たちが女の子を襲ってました』ってお巡りさんに話すから。のびてる奴らのことはまあ、正当防衛とでも言えばいいか。だいたい合ってるしね。下品な頭の君らと僕と、お巡りさんはどっちの話を信じるかな?賭けでもしてみる?」
その言葉に、赤髪の人の顔色が悪くなった。『けいさつ』というのは仲間ではなかったらしい。
悔しげに唇を噛む。
「……クッソ!覚えてろよ!」
そして、仲間二人を引っ張って、あっさりと走り去ってしまった。
「……」
私がぽかんとしていると、男の子がため息をついた。
「何でああいう奴らっていつも『覚えてろよ』って言うんだろ。語彙が貧困すぎて最終的に愛しささえ覚えるよね」
我に返った私は、男の子にお礼を言わなければならないことを思い出し、そちらへ駆け寄った。
「あ、あの、助けてくださって、」
しかし。
「あんたたちもさあ、そんな格好してたら『こっち見てください』って言ってるようなもんだよね。何なの、その格好。僕、メイド服とか燕尾服とかその他とかとにかくコスプレしてる奴嫌いなんだけど。あと武器振り回す奴も嫌い」
私の言葉を遮った男の子は、軽蔑するような視線を私たちに向けて、そう言い放った。
「え、と……あの……」
よくわからないけど『嫌い』だと言われたらしい。
この格好は趣味でしているわけではないのだけれど――でも彼が武器を振り回していたのは事実だし、ああでもその前に、お礼を……
何と言っていいかわからず私が口ごもっていると、彼が私と男の子の間に立った。
「お前に好かれたいとは微塵も思っていないが、この服装はただの普段着だ。俺が元いた世界では」
すると、男の子はますます嫌な顔をした。
「ちょっと待ってよ。『元いた世界』とかやめてくれる?何、中二病患ってるの?近寄らないでよ」
「俺は健康だ」
「だいたい何で違う世界とかから来たくせに言葉通じるわけ?都合良くない?」
「知らん。そんなことはこちらが教えてほしいくらいだ」
「あんたたちにわかんないのに僕が知るわけないよ。こっちはただの通行人なんだけど。そんなこともわかんないの?」
呆れた声で言う男の子を見下ろしたまま、彼はしばらく何も言わなかった。
そして。
「――気に入らん」
「か、カズマ様……っ!」
慌てて彼の服を引っ張る。また何か、危険なスイッチが入ってしまったみたいだ。嫌な予感がする。
彼は、こちらを気にする様子もなく、男の子に苛立ちのこもった視線を向けた。
「俺はお前のような他人を見下してかかる人間が一番嫌いだ」
「別に見下してるつもりはないけど。ていうかそれ鏡見て言いなよ」
「――斬るぞ」
「好きにしなよ。言っとくけど僕、言葉を放棄して暴力に物言わせるような単細胞には死んだって屈服する気ないから」
「屈服させたいわけでも発言を撤回させたいわけでもない。お前はお前のその矜持を守ったまま勝手に死ねばいい。俺はただお前を視界から消し去りたいだけだ。だから斬る」
せっかくしまっていた剣を、彼は再び抜いた。そして目の前の男の子に突き付ける。
「か、カズマ様……っ!」
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