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04
「ど、どうしましょうカズマ様……!」
「……ああ」
たった今、私たち夫婦は、知らない道の真ん中で二人きりにされてしまった。
一週間前に、穴に落ちて迷い込んだこの場所で、いろんなことがあった。
一人で困っていたところを助けてくれた人がいて、その人の家でよくわからない恥ずかしい服をたくさん着せられて。
私を探しに来てくれた、夫である彼に、そんな恥ずかしすぎる格好を見られて泣きそうになっていたら、なぜかカチューシャが本物のうさぎの耳になって頭から生えていた。後で聞いたけれど、怪しい薬を盛られていたらしい。
それから、元いた国の王宮に帰る手立てが見つからないまま、全く文化の違うこの場所を、なんだかんだで満喫してしまっていた。『おんせん』というところに行ったり……あの時のことは思い出しただけでも恥ずかしい。
だけどそれは、また別の話だ。
とにかく今、私たちは、さすがに元の場所に戻らなくてはまずいだろうと、帰る方法を探して外を歩き回っているところだった。
一応、あちらでは私たちは一国の王子とその妃だ。こんなに長いこと王宮を空けて、大変なことになっているかもしれない。私を探していた彼を助けてくれた親切な女の子――紗弥さんと、私を助けてくれた親切な女性――夜美さん…の弟である真也さんが、一緒に手掛かりを探してくれることになっていた。
しかし、待ち合わせの場所に、紗弥さんがいつまで経っても現れなかった。
ひとまず私たちと真也さんは、紗弥さんの家に向かったのだけれど、留守だった。
そして、
『田村さん、何か事件に巻き込まれたんじゃ…』
思い詰めた表情でそう呟いた真也さんは、次の瞬間、猛スピードでどこかに走って行ってしまったのだ。
紗弥さんが心配で、探しに行ったのだろう。真也さんは、紗弥さんのことがとても好きみたいだった。
だけど、残された私たちは、どうしていいかわからない。
土地勘もないから、むやみに動くのも不安だし、だからといってここでじっとしていても何も見つからないだろうし。
それに、もし本当に紗弥さんに何かあったのだとしたら、心配でのんきに待ってはいられない。
「とりあえずここは田村紗弥の家なんだろう?待っていたら戻って来るんじゃないか?それから帰る手掛かりを探しに行けばいい」
「で、でも」
「あの馬鹿力がついていれば田村紗弥も大丈夫だろう。下手に動かない方がいい」
「そ、それもそうですね」
『馬鹿力』というのは真也さんのことだ。普段のやわらかい雰囲気からは想像がつかないけれど、お友達の竹松さんという人に飲まされた薬のせいでそうなってしまったらしい。――確かにこの前、重そうなテーブルをいとも簡単に持ち上げていた。
「寒くないか?むこうに自販機があったから何か買いに行くか」
彼がこちらを気遣うようにのぞきこむ。手がかりを見つけたらすぐに帰れるように、今日は元いた場所で着ていた服を身につけていた。ここの寒さを考えれば、少し薄着だ。
『自販機』というものが、お金を入れれば目当ての飲み物を提供してくれる機械だということは、私も彼も既に学習済みだった。そして、平城家の好意に甘えて最低限のお金は二人ともポケットに入っている。
「はいっ……あ、でももしその間に二人が戻ってきたら……」
私はきょろきょろと辺りを見回す。今は当然二人が戻る気配はなさそうだった。だけど、もしものとき、すれ違いになってしまう。
「お前をここで一人にしたくはないんだが」
彼は、そう言いながらも、私が寒そうにしていることも心配そうだった。どうするか決めかねているように眉を潜める。
「私なら大丈夫です。ちゃんと待ってますから」
「……わかった。すぐ戻る」
私が笑って言うと、彼は自分の上着を私の肩に掛け、さっき自販機があった方向へ駆け出した。
「はい。ありがとうございます」
実はけっこうわかりやすいくらいに優しくて、少し心配性すぎる彼の背中を見送りながら、私は少し笑った。
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