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「……私は、そういうのじゃなくて、」
少し苛立った私に、気付いているのかいないのか、早瀬さんは私の言葉を遮った。
「でも、プラスな理由だってマイナスな理由だって、結局は『自分のため』だろ?それをはっきり言える君は、やっぱり優しいよ。『人のため』と『人のせい』の境目って難しいけど、紗弥ちゃんはそこを間違えたりしないんじゃないかな?――あっ、ごめん、会ったばっかりなのに勝手に決めつけたりして」
「決めつけてるとは思ってないですよ。……ただやっぱり、買い被りすぎかなとは思いますけど」
「そうかなあ?」
早瀬さんがさっきから言っていることは、笑えるくらいに『綺麗事』だ。
だけど、私は別に『綺麗事』が嫌いなわけじゃない。ただ――
私がなんとなく黙ったままでいると、早瀬さんがふっと笑った。
「でもさ、罪悪感から逃げるためだとしても、理由は何でもさ、紗弥ちゃんは俺を助けてくれて、俺はそのことにすごく感謝してる。嬉しく思ってる。だから優しい人なんだなって思ってるんだ。――それは、変わらないよ」
そして、こちらをひょいとのぞきこむ。
「だからさ、君が放っておけなかった人たちがみんなそうだとはもちろん言わないけど、俺みたいに思ってる奴もきっといて、少なくとも俺はそう思ってて――だからそんなに痛そうな顔しなくてもいいと思うよ。少なくとも今は、笑っててほしい」
ああ、そうか。この人も『自分のこと』を言っているんだ。
自分が勝手に、私に『感謝』していて『嬉しい』気持ちになって私を『優しい』と思っていて私に『笑っててほしい』んだ。
それが正しいかどうかじゃなくて。ただ、『俺はそう思ってる』って、言いたいだけなのか。
そう思うと、私もなんだか笑えてきた。
「貴方もけっこう馬鹿がつくぐらいのお人よしですね。彼女さんが助かってからにしてください、そういうこと言うのは」
少しペースを速めて言う。
すると、早瀬さんは今度は照れたように笑った。
「あっ、いや、うん。そうなんだけどさ、日夏でもこうするかなって思うし」
「好きなんですね、日夏さんのこと」
「うん、好きだよ。大好きだ」
そんな風に何の迷いもなく、誰かを『好きだ』と言える人が、私にはとても羨ましく思えた。
また少し、胸が痛みそうになる。
私が苦笑したその時。
「おいコラそこのアホ面。紗弥を口説いていいのも触っていいのも俺だけだ。お前にその権利はねえ。死ね」
低い声が背中で聞こえたと思うと、私の身体はしなやかな腕に捕らえられていた。
「……!」
首を回して後ろを見上げると、そこにいたのは予想通り――左手で私の腰を抱き、右手で電柱を掴む、平城だった。
しかも今の平城は、キレたら現れる、裏の人格。
その電柱をどうする気だ。いや、わかってる。引っこ抜いてぶん投げるに違いない。まじで早瀬さん死ぬぞ。
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