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03
先を走る私から少し遅れて、早瀬さんが着いて来る。あ、そうか、私のペースに合わせてたらきついかな。少しゆっくり走ろうか。
そう思った時、早瀬さんに声を掛けられた。
「ごめん紗弥ちゃん、一緒に走らせてるな。疲れてない?迷惑はかけられないし、だいたいの道を教えてくれたら俺一人で……」
早瀬さんの気遣いは有り難かったけれど、その心配は必要なかった。
「いえ、走るのは好きなんです。それに先週から、友人の姉がお姫様を拉致して王子様にお姫様奪還を手伝わされたり、お姫様にうさぎの耳が生えてきて王子様が興奮したり、お姫様にお色気相談をされたから教えてたら気絶されて王子様に殺されかけたり、わけのわからないトラブルに巻き込まれまくって迷惑という感覚が麻痺してきました」
私が淡々と言うと、早瀬さんは顔を引き攣らせた。
「それは……大変だったな」
まあ、これくらいは割と日常茶飯事なんだけどな。私はトラブルに巻き込まれやすい体質だ。おまけにクラスメイトはキチ●イばかりで、迷惑だとかそんなレベルではない学校生活を送っているのだから。
あんな奴やこんな奴の顔を思い出して内心げっそりしていたら、また早瀬さんが口を開いた。
「けどさ、紗弥ちゃんは優しい人なんだな」
「はい?」
脈絡のない言葉に私は顔をしかめ、振り返った。
早瀬さんはニコニコと笑っている。何か妙に嬉しそうなんだけど、自分の彼女が変態に食われるかどうかの瀬戸際だとわかっているんだろうか、この人。
「さっき、俺が困ってるとき、『巻き込まれた』って言いながら自分から俺に話しかけてきてくれたから。俺は君とあの男が知り合いだなんて知るはずもないんだから、巻き込まれたくないなら知らんぷりすればよかった。だけど君は俺を助けてくれた。ありがとう」
しまいには頭まで下げられた。だからさっきそういうのはやめろと。
――そして、早瀬さんの屈託のない言葉に、胸がちくりと痛んだ。
「……買い被りすぎですよ。私はただ、責任も持てないのに放っておくことすら臆病で出来ないだけです。本心から人助けをしたいわけじゃなくて、放っておいて罪悪感を抱え込みたくないから、結局は自分のために、……ああ、すみません、初対面の人にこんな」
途中で自分の言ったことの滑稽さに気付き、言葉を止める。そんなことを早瀬さんに言ってどうする。
うまく流せばよかったはずなのに、早瀬さんがあまりに迷いなく『優しい』だとか『ありがとう』なんて言うから、できなかった。――少し、アイツに似ているなんて思ったのは、きっと気のせいだ。
早瀬さんは、少しだけきょとんとしていたけれど、何かを気にした様子もなく首を振った。
「いや、それは気にしなくていいけど。でもさ、やっぱり紗弥ちゃんは優しいと思うよ。全然似てないはずなのに、どこか、日夏に似てる」
「彼女さんに?」
「日夏もさ、『自分のためだ』って言うよ。誰かのために何かをしてるとき、『わたしがそうしたいからしてる』って」
そう言われて、私の心はざわついた。だから、私のは違うんだよ。私をまるで真っ当ないい奴みたいに言わないでほしい。
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