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(………)
私は、心の中で大きなため息をついた。
そして、男の子に視線を合わせる。
「半分……いや、一口食べる?」
すると、男の子は大きく目を見開いた。
「いいのかよ、……ですか?」
「そんな目で見られてちゃ食べられないわよ。殺意がありそうで怖いくらいだったわ」
「よくわかったな、…です」
「殺意あったの」
とりあえずこの男の子はちょっと危険人物のようだ。殺されないためにも、私は限定ケーキを男の子に差し出した。
「一口だけだからね?」
「食えねーと思ってたから一口でもじゅーぶん、ですよ!」
男の子は、ぱっと顔を明るくした。意外といい子なのかもしれない。まあ、甘党に悪い奴はいない――かな?
ケーキを口に入れると、男の子の表情はますます明るくなった。
「うめええええ!!!アンタいい奴ですね!うめえええ!!!」
「それならよかった。残りは私が食べるけど」
私は皿を取り返し、あらためてケーキにフォークを入れた。
やっと最初の一口にありつく。ああ、やっぱりとんでもなくおいしい。さっきの一口分あげたことすら悔やまれるくらいだけど、男の子が嬉しそうだからまあいいか。
「――そうだ、お礼にこれやる、ですよ」
男の子は、ポケットから一枚の紙を取り出した。
「何?……『ナウ・スイート シュークリーム割引券』?」
「俺の地元でいちばんうめーケーキ屋さんのいちばんうめーシュークリームだ。すげーたけーんですよ?」
「へえー、初めて聞いた、このお店。今度行ってみるわ。ありがとう」
私が笑ってお礼を言うと、男の子はしばらくきょとんとした後、じっとこちらを見た。
「アンタやっぱいい奴ですね」
「なんで?券くれたのはあんたの方…ええと名前…」
「茶藤」
「そう。茶藤くんじゃない?いい奴なのは」
すると、男の子――茶藤くんは首を振った。
「ちげーよ、です。アンタ笑顔がこわくねーし、ちゃんと言葉通じるし、口悪くねーし、見た目でちゃんと性別分かるし、いい奴ですよ」
「……?」
大概の人間はこんな風に笑うだろうし、日本人なら言葉は通じる。それに私は口が悪い方だと思う。最後のはよく意味がわからない。
何をもって『いい奴』認定されたのか不明だ。
茶藤くんは、自分で自分の言葉に納得したように、うんうんと頷く。
「簡単に殺れそうだけど、今日は殺さないでおいてやります。今日限定甘党同盟ですよ」
「……わけがわからないけどとりあえずそれ食べたら?」
会話が成立しそうにもないので(言葉が通じると言ってもらった手前申し訳ないが)、私はこの話題を切り上げることにした。
茶藤くんはコクリと頷いておとなしくプリンを口に運ぶ。
―――と。その時。
「あら、陸?随分そちらのお姉様になついているようね?それと『笑顔が怖い』のは一体誰なのかしら?」
「私の言語が理解不能との発言に不快を開始しました。陸の抹殺を実行します」
いつの間にか、茶藤くんの背後に二人の女の子が立っていた。
「げっ!花鳥!大梨!いつからいやがった!?」
「陸。敬語は?」
「いつからいやがったですかこのやろー!!!」
一人は、綺麗に切り揃えた長い髪が印象的な、大和撫子風のセーラー服の少女。美人だけど、座っている茶藤くんを見下ろす笑顔が――なんというか迫力がある。
もう一人は、ケーキを食べているわけでもないのに数本のフォークを構えた、無表情のメイド服少女。さっきの言葉は何を言っているのか全くわからなかった。『抹殺』以外。
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