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02


すごい混雑だ。いや、無理もない。なんといっても『限定』なのだから。

ここは超有名洋菓子チェーンのとある店。今日はなんと、普段は本店でしか食べられない特別なケーキが100個限定で発売されているのだ。

本店はここからあまりにも遠い。しかしそのケーキはあまりにも有名で、皆が食べてみたいと憧れる代物だ。近くで食べられるチャンスがあると聞けば逃すわけにはいかないだろう。

私はというと、以前出張に行ったとき本店で食べたそのケーキに、たった一口で魅了されてしまった思い出がある。それ以来、もう一度食べたくてしかたがなかった。


(一人で来て正解だったわ)

ふたつ年下の(お試し)彼氏・ジローを連れて来てもよかったのだが、限定100個だ。敵は一人でも少ない方がいいと判断し、単身乗り込んだ。

結果、私のが最後の一個だったようだ。危ないところだった、本当に。後ろにはまだたくさんの人が並んでいた。

もちろん、ジローなら自分のはなくても『香奈さん食べてください』とニコニコしながら言うのだろうけれど――それを見た私は間違いなく、良心の呵責からジローにケーキを半分…いや一口くらいは分け与えてしまう。

正直、貴重なケーキを一口たりとも他人に渡したくなどなかった。だからそういう事態を防ぐため、一人で来たのだ。


意外と一人で来ている人も多く、それほど居づらくもなさそうだった。二人掛けのテーブルに一人で座る。

(どうしよう……嬉しい)

この喜びを口に出せないことだけが残念だ。私はしばらくうっとりとケーキを見つめた。

基本的に『女の子らしい』趣味は似合わない私だが、甘いものは大好物だ。もちろん酒のつまみも同じくらい大好物だけれど。


(もったいなくて食べられない気がするけど……でも食べたい)


意を決し、私がフォークを手にした瞬間、店員さんが控え目に「お客様、」と私を呼んだ。

「失礼致します。大変申し訳ございませんが、こちらのお客様と相席でもよろしいでしょうか?」

振り返ると、店員さんの後ろには整った顔立ちの男の子が立っていた。髪は少し長くてつり目だ。そこまでははいいのだが、なぜかボロボロの燕尾服を着ている。

あまり関わりたくない感じだ。だけど別に相席ぐらい問題はない。

「あ、大丈夫ですよ」

今日は他にもいくつかそんなテーブルがあるようだったから、そうなるだろうなとは覚悟していたのだ。

「ご協力ありがとうございます。ではお客様、こちらのお席へどうぞ」

「どーも、です」

男の子は、語尾を無理矢理付け足したかのようなぎこちない敬語でこちらに軽く頭を下げ、どさりと席に座った。

おいしいと評判の、自家製プリンとモンブランがプレートに置かれている。

フォークを持ち、モンブランに突き刺し、大きな口を開けたところで、男の子の動きがぴたりと止まった。


「………」

なんだか不穏な視線を感じて、私が顔を上げると、男の子は私の顔と限定ケーキを交互に睨みつけている。


(何よこいつ)

もしかしなくても、限定ケーキにありつけなかったようだ。確かにこんな日に最初から好き好んで他のケーキを注文する人間はめったにいないだろう。


とりあえず視線に気付かないふりをしていよう、と目を逸らした。


しかし、まだ視線を感じる。これはあまりにも落ち着かない。ケーキに手をつけることさえ躊躇われる。


ちらり、と再び男の子を盗み見ると、心底悔しそうに唇を噛み締めている。

フォークを手にした拳は強く握り込まれていて、小刻みに震えてさえいた。




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