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我に返り、俺は駆け出す。今のはある種のナンパじゃないか。黙っていられるわけがない。
『おいこらそこの変態、日夏から離れろ!』
なんだか自分の言葉が薄っぺらく感じた。
『おや、彼氏さんですか?ご安心ください、お嬢さんは俺が幸せにします。いえ幸せにしていただきます』
俺に気付いた男がこちらに満面の笑みを向けた。
『……おい、ふざけるな。殺……っ!?』
魔法で瞬殺するつもりが、異世界にいるせいか発動しない。
俺が戸惑っている隙に、男はさらに日夏に畳み掛けた。
『お分かりですか?お嬢さん。これは人助けなのです。俺の苦しみは貴女が一緒に来てくださるだけで快楽へと変わるのです。大丈夫、すぐに済みますから。貴女はただ、俺を助けると思ってこの手を取ってくださればいいんですよ』
まずい。日夏のお人よしセンサーを刺激する単語が連呼されている。
『待て、騙されるな日夏!そいつの言ってることはただの……』
俺は慌てて叫ぶ。
しかし。
『ええと、いいですよ?』
日夏はあっさりと、謎の男の誘いを受けた。
『ちょ……待て日夏!騙され、』
『だって、人助けだって言うし、すぐ済むって。ちょっと行ってくるから早瀬はここで待ってて?』
『いや、だから日夏、そいつはどう考えても変た、』
『なんとっ……!ありがとうございますお嬢さん!俺の愛をこんなにもあっさりと受け入れてくださるとは……!新鮮だ……新たな世界の扉が開いた気がします!ではお嬢さん、めくるめく官能空間へご一緒いたしましょう!!!』
『待て!ひな……うわあああっ!』
男が日夏の手を取った瞬間、ものすごい突風が吹き荒れて、目を開けていることさえままならなくなった。
――そして。
再び目を開けた俺の前から、謎の男も――もちろん日夏も、姿を消していたのだった。
「日夏……これだけは言わせてくれ、日夏は馬鹿だ」
二人分の飲み物と食べ物を持ったまま立ち尽くし、俺は空に向かって呟いた。
そう、日夏は純粋培養。あんな変態の言うことなんて、半分も理解できなかったに違いない。変態レベルが高すぎて、ナンパだともセクハラだとも気付けなかったんだろう。特に後半。
以前、日夏は悪意の塊のような男に監禁され、強姦されかけたことがある。あれ以来、警戒心は昔よりかなり高まったと思う。だけどさっきのは相手が悪すぎた。
あれはやばい。いろんな意味で。
だけど――それでも――
「どう考えても不審者だろ、あれ……!」
知らない人に着いて行ってはいけません、というレベルの話だ。『人助け』という言葉にあっさりと騙されて、なんで日夏はこう……
「日夏……無事でいてくれ、お願いだ……!」
俺は地面に膝をつき、頭を抱えた。
「日夏……」
どうやって助ければいいのか全くわからない。二人がどこへ消えたのかさえわからないというのに。
目の前が真っ暗になり、涙まで滲んでくる。日夏があんな変態に食われてしまったら――そしてこのまま二度と会えなくなってしまったら――俺は生きていくことなんてできない。
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