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▼ 彼らの日常と彼らの非日常

01


日夏がさらわれた。

燕尾服を着た、黒髪で長身の、ものすごい美形に。ものすごい美形に。

いや間違えた、美形は関係ない。問題は、日夏をさらった男が――尋常じゃない程の変態だということだ。


順を追って話そう。

俺の名前は早瀬。国民の半分が魔法を使える、とある国で、恋人である日夏と毎日幸せに暮らしていた。

だが今日、突如道のど真ん中に出現した、謎の穴に落ちた俺と日夏は、気がついたら全く見知らぬ国――いや世界だろうか――にいた。

なぜか言葉は通じるのだが、服装や文化などが明らかに違う。こんな場所は俺たちの世界には、ない。

世界がひとつではないことは、精霊界から精霊を召喚することもある俺たちにとっては当たり前のように知っていることだ。だが、実際に異世界というものに来たのは、これが初めてだ。


元の世界に戻る方法を探し、俺たちはひたすらこの世界を歩き回った。しかし当然、そんなやみくもな探し方では何もわかるはずがない。

とりあえずここが、『にほん』という国だということはわかった。そしてこの国のお金を持っていない俺たちは、空腹を満たすことも乗り物に乗ることも、どこかに泊まることもできない、という事実も。

歩きすぎてヘトヘトになった俺と日夏は、公園のベンチに座り込んだ。

『のどかわいちゃったね』

『そうだなあ……でもお金ないしなあ』

『このままだと餓死しちゃうよね。なぜかクロも喚べないし』

『俺もだ。さっきからずっと垂氷を喚んでるけど来ない』

二人でため息をつく。


ふいに、視界の端に、鮮やかな色の――乗り物だろうか建物だろうか、よくわからない物体が映った。

その中には人がいて、何か商売をしているらしい。お客らしき親子連れに店員が手渡していたのは、飲み物と食べ物。そしてそこから食欲を刺激するいいにおいが漂ってきていた。

『日夏、あそこで何か、残り物か水だけでももらえないか頼んでくるよ。日夏はここで待ってて』

そう言い残して俺は、乗り物型の店へと駆け出した。


店員の若い女の子がとても親切で、『水だけでも』と言ったのにジュースをふたつにサンドイッチをふたつ、さらにはクレープまで恵んでくれた。

何故か最後に『お代はこれで』と握手を求められただけだから、完全な善意ということになる。この世界の人の心の暖かさに深く感謝しながら、俺は日夏の元へ戻るためベンチの方を振り返った。


すると、ベンチに腰掛けた日夏の足元にひざまずく、明らかに周囲から浮いた様子の男が俺の視界に飛び込んできた。

『ひな、』

日夏を呼ぼうとした俺の声は、掻き消された。何故なら――

『お嬢さん!!!はじめまして、血を吸わせていただけませんか!?そしてできれば踏んでいただきたい!!!もちろん俺の子どもを生んでくださっても構いませんよいやむしろ生んでいただきます!!!ああ素晴らしい!貴女は無自覚に相手のマゾヒズムを引き出すイノセントなドSのにおいがします!さあお嬢さん、俺の(放送禁止)を(放送禁止)に(放送禁止)で(放送禁止)ください!!!そののち(放送禁止)な(放送禁止)の(放送禁止)が(放送禁止)ととても嬉しい!!!ああ、そんなことをしてもらえると想像しただけで胸が苦しい!俺をこの苦しみから解放してください!人助けだと思って!手始めに誰もいないところへ行きませんか!?』

謎の男が発した言葉の大洪水があまりにも凄まじかったからだ。あらゆる意味で。


俺はこれまで経験したことのない事態に一瞬固まってしまった。

――そのせいで、出遅れたのだ。



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