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話題を変えよう、とそわそわと周りを見渡す。
と、数本残された異国のお菓子が目に入った。
「あの、ところでカズマ様!あのお菓子、おいしかったですかっ?」
わざとらしく指差して尋ねる。
ユーリさんが取り寄せたというお菓子は、私も初めて見るものだ。どんな味がするのだろうと気になっていたのは嘘ではない。
すると、彼は一瞬こちらに視線を向けた後、お菓子が置かれたテーブルに歩み寄った。
細長いそのお菓子を一本、彼がひょいとつまみ上げる。
そして、それを私の口元に向けてに差し出した。
「食え」
「えっ!」
ええと、それはつまり、彼が手に持っているお菓子を、直接……?
「あ、あの……自分で、」
おずおずと手をのばしたけれど、軽くかわされてしまった。
「心配しなくてもあいつらのような真似はしない」
「そ、それはあの……でも、」
「俺はもう二度とこの菓子は食いたくない。かと言って捨てるわけにはいかないだろう」
そういうことじゃなくて、と反論しかけた私を、彼の視線が制止した。
「悪かったと思うなら黙ってこのまま食え」
「……」
それを言われてしまうと、私は逆らうことができない。
トーマさんをすぐに止めなかったことに怒っているのか、ただ私をからかっているのか、他に理由があるのか、――彼が真顔のままこちらを見下ろしているから全然読めない。
ただ、このままでは逃がしてもらえないということだけは、何となくわかる。
「あの……じゃあ、い、いただき、ます……」
観念するしかなくなった私は、何度もためらってから小さく口を開けた。
彼が差し出したままのお菓子をぱくりとくわえる。甘い。
彼は手をお菓子から離さないまま、黙ってこちらを見ているだけだ。
『見ないでください』とも『手を離してください』とも、口が塞がっているから言えない。
「……っ、」
いたたまれないから彼とも目を合わせられないし、一体どこを見ていたらいいのかわからなくて、私は斜め下の床に視線を落とす。
お菓子を食べているだけなのに顔が熱くなる。こんなのは初めてだ。どんな顔をしていたらいいのだろう。
さくさくと少しずつ食べ進めていくけれど、一口食べるごとに、恥ずかしさが増していく。
もうとっくに、味なんてわからなくなっていた。
――誰か、助けて。
「………」
ちらりと顔を上げると、無表情のままじっとこちらを見ている彼と、視線がぶつかった。
あらためて、ずっと見られていたのだと自覚すると、全身が沸騰したように熱くなる。
「〜〜〜〜っ!」
私は、彼の視線から逃れるようにぎゅっと目を閉じて、勢いよく顔を背けた。
その拍子に、ぽきりとお菓子が折れてしまう。
「っ!」
私は慌てて目を開けた。
やっと解放されたものの、まだ心臓が早鐘を打っている。
――と。彼は、手に残ったわずかばかりのお菓子を、自らの口に放り込んだ。
……食べないって言ってたのに。
そして、
「三倍返しで許してやるとあいつに伝えておけ」
それだけ言うと、何事もなかったかのように、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
「……??」
今のは一体、何だったんだろう。
ひとり部屋に残された私は、頬の熱さを消せないまま、立ちつくした。
仕返し?意地悪?それとも――?
数秒後、はっと我に返った私は、くわえたままのお菓子を慌てて口の中に詰め込む。
「……残りはユーリさんに返しに行こう、かな」
私も当分、このお菓子を平常心で食べることなんてできそうになかった。
彼といると、こんなことばかりだ。
振り回されて、わけがわからないのに、勝手に心臓が速くなる。
おまけに近頃の私は、自分自身の感情にまで振り回されていて、今までの自分がどんなだったか忘れてしまいそうだ。
ユーリさんの言った『特別』って、こういうことなんだろうか。
――自問してもまだ、答えは出そうになかった。
その後、お菓子と彼からの伝言を持ってユーリさんに会いにいくと、何故か「リン様のおかげですよ〜!ありがとうございます!」と両手を強く握られ、私はますます首を傾げるはめになってしまったのだった。
end
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