▼ ゲームオーバーのあとで
行き場のない視線をあちらこちらにさまよわせていると、ふいに頭上から低い声が降った。
「おい」
「はっ、はいっ!」
私は慌てて顔を上げる。――と、彼としっかり目が合ってしまい、また俯くはめになってしまった。
『殿下は愛されていらっしゃる』
『リン様の≪特別≫はわかりました』
『悩んでないで、殿下にそーやってぶつかっていったらいいんですよ』
『あの人きっと喜びます』
この状況を『仕組んだ』二人の言葉が蘇るから、冷静ではいられない。
私はまだ、この気持ちに名前すらつけることができていないのに――
彼はそんな私の動揺に気付いていないかのように、言葉を続けた。
「助かった。お前が止めてくれなかったら俺は部下を斬り殺すはめになっていた。――いや、下手をするともっとおぞましいことになるところだった」
自信家の彼らしくない言いように再び顔を上げると、彼はいつもより数段、眉間の皺を深くしていた。
その表情にはあからさまな疲労の色が浮かんでいる。
「い、いえ、そんな…」
「何故止めてくれたんだ?お前も最初は明らかにおもしろがっていただろう」
「……そ、それはその……カズマ様がすごく嫌そうだったので」
「当たり前だ」
「ごめんなさい」
私は気まずく目を逸らす。
確かに、動揺――のようなものを見せる彼の姿があまりにも新鮮だったから、つい見入ってしまった。
だけど、だんだんいたたまれなくなって――
それに、何に対してなのかわからないけれど、ただ、『嫌だ』と思ったのだ。
それは彼が殺気立つほど嫌がっていたからなのか、そうではなくて私自身の問題なのか――それさえもよくわからない。
もしも相手がトーマさんではなくて、例えばユーリさんだったら、私はどうしていたのだろう。そんなことまで考えると、本当にわけがわからなくなった。
答えを探すように、彼を見上げる。
すると、彼が呆れ顔で言った。
「……お前、俺とお前が当たった場合のことは考えなかったのか?」
一瞬、思考を読まれたのかとぎくりとしたけれど、そういう意味ではなかった。
今の私たちの関係からすれば、確かに彼のその疑問は当然だ。
けれど、その心配は無用だった。何故なら。
「それは、あの……ユーリさんが」
『ユーリさん』という名前を出すと、彼の眉がぴくりと動いた。不穏な表情になっている。
「ユーリさんが『リンさまは私以外と当たることないように仕組んどきますからっ!』っておっしゃったので……」
約十秒の沈黙があった。
そして。
「なるほどな」
ゆっくりと噛みしめるようにそう呟く彼の笑顔が、怖い。
「お、怒ってるんですか?」
「違う。実体のない餌にまんまと釣られた自分が許せないだけだ」
「えさ……?」
「聞くな。とりあえず諸悪の根源はあいつだということがよくわかった」
「あ、あの……」
「わかっていたはずなんだがな、あれのやることは決まってろくでもないと。今頃あの阿呆はさぞ上機嫌だろう」
「か、カズマ様……あの?」
彼の言葉と表情に私は慌てる。私は、ユーリさんを危険に晒すような、何かまずいことを言ってしまったのかもしれない。
「あれには10倍にして返しておく。問題ない」
彼はあっさりと言うけれど、何が『問題ない』のかさっぱりわからない。
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