▼
「………ねえ私、帰っていい?」
香奈さんのげっそりとした声に、俺たちは勢いよく振り返った。
「何言ってるんですか!」
「だめですよだめ!」
二人同時に叫ぶと、香奈さんは『イラッ』という効果音が聞こえてきそうな表情を見せた。
「あんたたちの変態末期トークには付き合ってられないのよ」
夕方、香奈さんと待ち合わせ、宮田くんを『同じ宿命の元に集う仲間』と紹介したときから、香奈さんは眉間にしわを寄せ続けている。
「何が変態ですか!恋バナですよ恋バナ!」
「ジローさんの言うとおりです!お互いの好きなひとについて語り合ってるんですからっ!」
「『踏み付けられたい』『罵られたい』『冷たい目で見られたい』――変態の言うことでなくて何なのよ」
香奈さんは、ケーキにフォークをぶすっと刺して言う。
しかし、宮田くんはそんな香奈さんを意にも介さず、俺に再び話しかけた。
「ねえねえジローさん、写真のプロの技術を全開にして作った青山さんのコスプレ写真集、見ます?」
宮田くんが携帯を開くと、ナースにスッチー、猫耳に制服、メイドにうさぎ…あらゆるコスプレをした青山さんの写真が次々に映し出された。
「うわああっ!すごいですねこれ!宮田くんが合成したんですか?」
「うん、そうですよー!スッチーとか似合ってるでしょう?」
「すっごいなあ、まるで本物ですねえ!あ、香奈さんも見てくださいよ!青山さん…宮田くんの恋人のコスプレ写真ですよっ?」
香奈さんはわざとケーキから顔を上げずに答える。
「そんな犯罪の象徴みたいな気持ち悪いもの見たくない」
「香奈さん冷めすぎ!綺麗なのになあ!うわあああああこれとか香奈さんにもしてほしいなあああああっ!」
俺が興奮気味に言うと、宮田くんは「写真があれば作れますよ?」と笑った。
「香奈さん隙がなくて全然隠し撮りできないんですよ〜」
「じゃあ俺が撮りましょうか!プロの技、見せてあげますよ!香奈さんの通勤経路教えてください」
「ほんとですか!じゃあこの地図に印を……」
言いかけた言葉は、香奈さんの氷の視線によって消え失せた。
「あんたたち二人とも社会的に抹殺するわよ……?」
「ゴ、ゴメンナサイ……」
「ちょうしにのりすぎました……」
俺たちは、互いにがしっとしがみついて香奈さんに謝った。
怖い。
prev / next
(7/10)