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なんとなく、旅を続ける気が失せて、僕はそれからすぐに帰途についた。
―――姿見は、二日後に届いた。
やはり何の変哲もない、古ぼけた鏡だ。
とりあえず寝室に立てかける。
いくら安かったとはいえ、土産のつもりとはいえ、僕はわずかに後悔した。
土産ならもっと他にあっただろうし、姿見が欲しいなら家具屋で立派なものを買えばよかったのだ。
「おまけに、『望み』なんて言われてもな…」
今の生活を守りたいとか、あわよくば出世したいとか、小さな望みならいくつもあるけれど、鏡に映すほどの決定的なものは思いつかなかった。
自分がからっぽな人間だと思い知る。
何かあるはずだ。
心に秘めた『望み』が。
鏡に映したい『望み』が。
―――僕が、見たくて見たくて、しかたがないものが。
その時。
鏡が、まるで風を受けた水面のように、ゆらゆらと揺らぎ始めた。
「え………」
思いがけないことに僕が目をみはっていると、それはだんだん、何かの形をとっていった。
ゆっくりと揺らぎがおさまり、そこに映っていたのは――――
「み…水原…さん……?」
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(9/12)