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おとなしく引き下がった振りをして、頃合いを見計らい、噂を流す。
『水原さんには年下のイケメン彼氏がいるらしい』と。(イケメン、はパンチをきかせるための誇張だ)
どうやら成瀬さんにも話していない様子だったから、噂が成瀬さんの耳に入れば、間違いなく成瀬さんは水原さんに詰め寄るはずだ。
抜けがけしたなと、鬼の形相で。
そして、
「誤解なんですってば響子さん!あの男とは、付き合ってるふりをしてるだけなんです!」
―――やはりな!!!!!
そう、その展開を待っていたのだ。
詳しく聞かせろ、と水原さんは喫茶店に連行されてしまった。
あそこは男一人で入ると目立つから、これ以上情報を得ることはできない。
しかし、あの男とのことは嘘だとはっきりした。
なぜ水原さんはそんな嘘をついたのか。
今までのあまり嫌がっていない様子と合わせて考えると、結論はひとつ。
僕の気をひくため。
『恋敵』という存在は、愛を燃え上がらせるスパイスだ。
水原さんはよくわかっている。
それならば、水原さんの期待通りに行動しなければならないだろう。
だから僕は、水原さんの家を調べ上げ、彼女を待ち伏せた。
嘘を暴き、水原さんの本心を聞き出すために。
――――しかし
「じゃあわかりますよね?私がそこまでするぐらい貴方に迷惑してるって」
「秋山さんは香奈の眼中にはないってことです」
「わ、私は…ジローが好き、なの…」
「俺も好きだよ、香奈」
「立派なストーカー行為ですよ」
青天の霹靂だった。
こんな馬鹿なことがあっていいはずがない。
信じていたものが180度ひっくり返された……そんな衝撃だ。
しかし、ストーカーなどというあらぬ疑いをかけられてしまっては、立場が危うくなってしまう。
しかたなく僕は、その場から引き下がった。
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