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こんな自分のままでもいい、そう言われたわけじゃないけれど、少しだけ心が軽くなって、その『少し』が僕にとって重要だった。


相変わらず自分のことは好きになれないし、他人から必要とされることのない存在だとは思っていたけれど、彼女のことは間違いなく「好きだ」と思えた。

それがなんだか嬉しくて、想いを叶えたいなんて願う余裕もまだない中で、彼女が言っていたのはこういうことなんだと理解した。


自分のことを好きじゃない彼女のことを、僕は好きだと思い、僕はそんな自分を好きじゃないけれど、自分が彼女を好きでいることが嬉しい。

その全部が、すとんと腑に落ちた。


生きている意味がないとは、思わなくなった。

生きている意味なんて、彼女が好きだという気持ち、それだけで十分なんじゃないかと感じたから。

自分が誰にとってどんな存在か、なんかじゃなくて、自分にとっての大切なものが、少なくとも自分の中での『生きている意味』になることがわかった。

そして『生きている意味』なんて、他人じゃなくて自分が決めるものなんだと実感した。陳腐な実感だ。だけど、そこに嘘はなかった。

今までも、他人の目を通して、結局は自分が決めていたのだから。


意味なんて、所詮は思い込みでしかない。その日からの僕は、思い込みの向かう方向が、変わったのだった。


こんな自分が彼女を好きであることを、彼女は許してくれる、そう思えるだけで十分だった。

許す許さないではない、とはわかっているけれど、この感覚は『許し』以外の言葉でうまく表現できない。



彼女は、店主の姪だったらしい。
僕が知らなかっただけで、以前からたまに、店主の代理を務めていたそうだ。

僕はめずらしく、店主に自分から話しかけてそれを聞いたのだった。


彼女はごくたまにしか店番をすることはなかったから、めったに会えなかったし、あれ以来特に話をすることもなかったけれど。

あの日から、世界はひっくり返った。

自分の心がひっくり返れば、世界はひっくり返るのだ。自分の知っている『世界』なんて、自分の中にしかないからだろう。


もしかすると、この先、彼女を好きだと思うだけじゃ足りなくなって、その想いから傷ついて、また「死んだ方がいい」なんて言い始めるかもしれないけれど。

それでも、世界はこんなにも簡単にひっくり返った。流れるままに生きていたって、こんなことで、簡単に。

それを知った今は、死にたくなったって、生きていようと思った。

これは、小さい変化で、とてつもなく大きい変化だった。



その頃からだろう。『四つ葉堂書店』から送られたあの本を読んで、死ぬこと自体が――つまり、苦しい思いをするとか以前に、自分自身が消えることが、怖いと感じるようになっていった。

この世界からいなくなることが、嫌だと。

そして、死にたくないと思う今の方が、死が近くにあるような気もした。

それが、嬉しかった。




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