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いきなりの無理難題に私が困惑していると、彼の声が会話を遮った。
「さっきから、聞き捨てならない会話が交わされている気がしてならないんだが」
「え…」
私は彼を振り返る。
「そいつは何て言った、お前に」
細かい表現まで正確に再現しろ、と命じられ、私はさっきまでのおじさんとの会話を彼に説明した。
「『私の涙』だと?」
彼は口の端を上げて笑った。
こ、怖い……笑顔が、怖い。
私がびくついていると、彼の右手がいきなり私の膝頭を撫でた。
「……やっ!待っ……」
「いい度胸だ」
私の耳元でそう囁くと、彼は私の鎖骨あたりにキスを落とした。
右手も、相変わらず触れられたまま。
頬の熱さを、再び自覚する。
「やだカズマ様っ…!み、見られてるのにっ……」
精一杯の抵抗をするけれど、彼はそんなものは全く意に介さない。
「俺の目にはお前しか見えてない」
さらりとそんなことを言ってのける。
「……っ、でも私には、………っん!」
私の言葉は、彼の唇にふさがれた。
気にならないわけがなくて、ちらりとおじさんに目をやると、バケツを構えて真剣な顔をしている。
な、何なの、この状況は…!
いろんなことが、恥ずかしくてしかたない。
彼がなんでいきなりこんなことをするのか全然わからないし、それなのに私の心臓は勝手にどきどきしているし、おじさんがバケツを構えてそれを見ているし…
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