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「あ、砕かなくても入ったね」
「……そうですか」
「ごめんごめん!いつもの板チョコは砕かないと入らないからさ」
無惨な姿になったチョコレートを、少女がパラパラと給油口に落とした。
多少、切ない気分になる。
給油口の蓋を閉めると、少女は再び、軽いステップでバイクに飛び乗り、跨がった。
ヘルメットを被り直す。
「よーし!ゼロ号、頼むよーっ?」
車体をとんとんと叩いてから、少女はバイクのエンジンを掛けた。
エンジン音は、おそらく普通のバイクと変わらない。
少女がハンドルを握る。
発車したバイクが、加速していく。
そして。
嗅ぎ慣れた――チョコレートの香りが、僕の鼻先をくすぐった。
僕は、見上げる。
少女を。少女を乗せたバイクを。
つまり、空中を。
「飛べたーっ!」
「嘘、だろう……?」
少女の歓声と僕の呟きが重なった。
科学の進歩か、何かの魔法か。
そのどちらでも不思議はない――いや、じゅうぶんに不思議なのだが――そんな光景だ。
「ひゃーっ!気持ちいい!」
少女は満面の笑顔で空中を旋回した後、すぐに車体を地面に着地させた。
僕の目の前でブレーキを掛ける。
「アンリくん!飛べたよ、飛べた!」
「そうですね。さすがに驚きました」
「やっぱりアンリくんのチョコレートは最高のチョコレートだったんだね!」
そう言われて、悪い気はしない。
僕は曖昧に笑った。
「ねえねえ、お礼に後ろに乗せてあげるよ!乗って乗って!」
バイクに跨がったまま、少女が僕の腕を引っ張る。
「いえ、僕はけっこうですから……ミーナさんのお好きなように飛んで、」
「すっごく気持ちいいから!ほら!」
正直、恐ろしいから勘弁してくれ、と思っていたのだが、結局僕は少女に押し切られてしまった。
彼女の笑顔が、僕に有無を言わせなかった、という方が正しい。
これではお礼でも何でもないではないか。
恐る恐る、生まれて初めてのバイクに跨がった。
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