▼
今日の俺は、自分がどこの誰だかちゃんとわかっている。
そう、とある国の王宮に勤める、文官だ。名前はアサギリ。
「ねえねえ、アサギリくん。きみ、占いとか興味あったっけ?」
国王陛下がニコニコ顔で俺の肩を叩いた。
この国の王族は、下手をすれば身分を忘れてしまいかねないくらい、気さくに臣下に話しかけてくれる。
「占い、ですか?」
「うん。よく当たるって噂を聞いたから面白いかなと思って呼んでみたんだ。カズマの将来とか占ってもらおうかなって」
カズマ、というのは国王陛下の御子息、つまり王子殿下のことだ。
「陛下ご自身のことじゃないんですか」
「カズマの方が面白そうじゃない?」
「は、はあ……」
陛下は、殿下で遊ぶのがご趣味のようだ。
占いを信じているわけではないけれど、ちょうど仕事をひとつ片付けたところだったから、息抜きがてら陛下に同行することにした。
すると。
「小娘、もう一度言ってみろ」
低く抑えたような、それでいて怒りに燃える声が、広間に反響した。
「あらら、もう始まっちゃってたよ」
陛下は、いいところを見逃した、という表情でこちらを見た。
「んー?なんかカズマ、怒ってる?」
さっきの声の主は、カズマ殿下。
傍らには、王子妃であるリン様。
そして、殿下が睨み据えるその先には――
「あなたは奥さんに振られる、と言ったのよ」
水晶玉に手をかざす、美しい黒髪の少女が、怯みもせずに殿下を見返していた。
「あっ、こないだの子だ」
俺が思わず呟くと、陛下が目をまるくした。
「え?何?アサギリくん、知り合い?」
「あ、いえ。こないだ街で見かけて。すごく髪が綺麗だったからよく覚えてたんです」
そう、一週間ほど前、俺は街の路地裏で彼女を見た。
これと言って特徴のない、一応イケメンの部類に入る青年に『あなた、将来ハゲるわ』と宣言していた。
青年は『いいんだ……魔法で生やすから……』と、うわごとのように繰り返しながら、ふらふらとその場を去って行った。
いや、そいつのことはどうでもいいんだけど、とにかく、その女占い師の見た目がすごくタイプだったから、記憶にしっかりと残っていたのだった。
prev / next
(6/16)