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「しらばっくれる気なの、朝霧晃太」
「……あの、その朝霧晃太っての、俺の名前?」
「他に何があるの」
「いや、俺、ここがどこで自分が誰だったかさえも覚えてないんだ。だから悪いけど、例のものって言われてもわからない」
「……うそ」
くのいちは、目を見開いて小刀を取り落とした。
「どうして」
「いや、どうしてって言われても……」
忍者のくせに相手の言うことをこんなに簡単に信じているこの女の子を、何だか可愛いなと、ひそかに俺は思ったけれど口には出さなかった。
「本当に何も、覚えてないの」
「うん、申し訳ないけど」
「だったら……」
彼女は、ゆっくりと顔を覆う頭巾に手を掛けた。
しゅるり、と衣擦れの音がして――
綺麗だ、と、口にしてしまいそうだった。
艶めく漆黒の、長い髪が、流れるように彼女の肩に落ちる。
ふわり、と良い香りが漂って、何故か心が騒ぐ。
「私のことも、忘れたの……?」
そう囁く彼女の潤んだ瞳が、あまりにも美しくて。
「…………未来」
無意識に、懐かしい名前を呟いた
ところで、目が覚めた。
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