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「このバイクはね、おじいちゃんから譲り受けたの。もちろんこんな風に改造したのはおじいちゃん」
身軽な動作で、少女は座席に飛び乗り、僕と目を合わせるように横向きに座った。
「『もっと性能のいいバイクが出来たからこっちの試作品はおまえにやろう』って言って、新しいバイクでどこかに飛んで行ってしまったの」
足をぶらぶらさせながら、少女は空を見上げる。あっけらかんとした口調だ。
「……自由な方なんですね」
「ねえ、きみ、私より年上だよね?敬語なんてつかわなくていいよ」
「一応お客様ですし……むしろ貴女のその『きみ』というのをやめていただけると」
むしろ貴女は年下なのに僕に敬語を使わないのか、と思いはしたが、特に口にしなかった。
少女はきょとんとして、軽く首を傾げた。その仕草は愛らしく、とてもバイクを操るようには見えない。
「だって名前知らないからさ」
「アンリといいます」
「ふーん、アンリくんね。私はミーナ」
「はあ」
『きみ』の次は『アンリくん』だった。
ミーナと名乗った少女は、その名がよく似合うように思えた。
それにしても。
少女がチョコレートを買いに来たこともそれを味わうこともなく砕いてしまったことも一応理由はわかったが、根本的な疑問があった。
「おじいさんは何故チョコレートが燃料のバイクなんかを?」
「空を飛びたかったから」
その答えは、至って単純明快なものだった。
「……はあ」
「おじいちゃんの長年の研究でね、バイクが空を飛ぶにはチョコレートを燃料にするのがいちばんいいことがわかったんだって」
「聞いたこともありませんが」
「だっておじいちゃんだけの研究だもん」
おじいちゃんは研究機関に属さない科学者だったんだ、と少女は言う。
「おじいちゃんはね、バイクにだって何にだって『心』があるって言ってたんだ。だから、そのモノが『好きなもの』を見つけて与えてやれば、むこうもこっちの願いを聞いてくれるだろうって」
「飼い犬のしつけのようなものですか」
「うーん、そういうのに近いかもしれないね。でももちろんこの場合、相手は機械だからメカニックの知識や技術も必要なんだけど……そのあたりは私にはよくわかんない」
少女は祖父の跡を継いでいるというわけではないようだった。
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