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僕がぽかんと口を開けていても、少女は気にする様子はなかった。
「とりあえず、5個くらいで30分、てとこかなー。きみ、この店でいちばんおいしいチョコを5つ売ってくれる?」
不可解な独り言の後に、少女は笑顔で右手をこちらに差し出した。
「おいしい、と言っても人それぞれ好みがあるでしょうから……」
「きみのいちばんの自信作でいいよ」
「はあ……」
僕は、ショーケースから、トリュフを5つ取り出した。
この店で一番人気のチョコレートであり、作った僕自身も一番気に入っているのがこれだ。
味も形もシンプルに見えるけれど実は手間が掛かっている。自信作、と言われればまずこのトリュフが思い浮かんだ。
「今、お包みしますから少し待っ、」
「あっ、そういうのはいいから」
言いかけた僕を遮り、少女は再度、ぐいと手を差し出してきた。
今食べたいのだろうか、と怪訝に思いながら、ひとまず紙ナプキンに載せてトリュフを少女に手渡す。
すると。
「ちょっとそこのテーブル借りるね」
言うが早いか、少女は右手で作った拳を高く振り上げ――あろうことか、僕が心を込めて作ったトリュフの上に、思いきり振り下ろした。
「何するんだ!!!」
相手が客だということを忘れ、僕はつい怒鳴り声を上げてしまった。
しかし無理もないことだ。目の前で自分の作品を粉々に壊されたのだから。
「何って、このままじゃ入らないんだもん」
悪びれる様子も動揺もなく、少女は当然だと言わんばかりの表情でこちらを見た。
「入らない……?」
「うん。給油口がとっても小さいのよね」
「給油口?」
僕は、馬鹿みたいに少女の言葉を繰り返した。
少女の言うことがさっぱりわからなかったからだ。
チョコレートとは食べるもので、断じて給油口に入れるものなんかじゃないはずだ。
「ああ、そうだよね!わけがわからないよね」
僕の間抜けな表情を見て、やっと合点がいったらしい少女は、照れ笑いをしながら頭を掻いた。
「ごめんごめん、ちゃんと説明するよ」
少女は片手にチョコレートの残骸を持ち、もう片方の手で僕を手招きしながら、店の外へと出て行った。
店先に停まっていたのは、少女のベルトやズボンと同じピンク色に塗られた、大きなバイク。
僕は乗り物に疎いし、ましてバイクなんて近代的なものとはほとんど縁のない生活を送っているから詳しくはわからないが、かなり厳つい形をしていて、とても女の子が乗るようなバイクではないように見える。
しかし、少女は迷いなくそのバイクに近寄り、座席をどんどん、と叩いて見せた。
「このバイクの燃料は、チョコレートなんだ」
――ますます、わけがわからない。
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