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苦しさと恥ずかしさで私の目に涙が滲んできた頃、やっと彼が私を解放した。
壁際で密着したまま、私をじっと見つめる。
「わざとやってるんじゃないかと疑いたくなるな」
彼は苦々しい表情で、わけのわからないことを言った。
「…な、なにをですか」
「いきなりどこかへ飛んでいって俺をさんざん心配させて、やっと見つけたと思ったら腹が立つほど可愛いことをして、――俺をどうしたいんだお前は」
「え、ええっ!?」
心配させたところまでしか、意味がわからない。
私が目を白黒させていると、彼はまたため息をついた。
そして私を捕らえていた腕を離し、上着のポケットを探る。
そのまま黙って差し出されたのは、小さい紙袋だった。
「え?」
私が首を傾げると、彼はそれを私の手の上に置いた。
「これを買った時点で俺の負けだ」
「…?」
袋を開けると、中に入っていたのは、ピンクのビーズで作られた、シンプルだけどとてもかわいらしいブレスレット。
私は弾かれたように顔を上げた。
「カズマ様っ…!これ、……!」
さっきのアクセサリーショップで、ひときわ私の目をひいたブレスレットだった。
「これって、あのお店のですよね?私、欲しかったんです……どうして?」
彼はすっとブレスレットを取り、左手を持ち上げて、器用に着けてくれた。
「好きそうだと思った。似合うと思った。――それだけだ」
彼はさらりとそう言ったけれど、それって……すごく……
「カズマ様……魔法使いみたい」
私がぼうっと呟くと、彼は少し笑った。
「魔法なんか使えるか。 俺はただの王子だ。お前の」
――私の。
彼は正真正銘、国民全てにとっての王子様だけど。
お店のたくさんの商品の中から、私が手にとったアクセサリーをあっさりと選んでくれて。
あんなひとごみの中から、私を見つけだしてくれて。
ほんの少しなら、『私だけの王子様』だなんてわがままなことを思っても、許してもらえるだろうか。
「素敵なお店でしたね」
「ああ」
「きっとあのふたり、恋人同士ですよねっ」
「…なんでそう思う」
「会話の間とか、空気が…なんとなく」
「………」
「カズマ様?」
「お前の鈍感は俺に対してだけか」
「えっ?ええっっ!? あっ、カズマ様、なんでまたため息……」
end
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