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慌てて顔を上げると、私を見下ろしていたのは―――
黒い髪に黒い瞳、誰もが振り切る美しく凛々しい容貌をフードで隠した――私の国の、王子様だった。
「えっ…!カズマ、様…?」
私はびっくりして思わず一歩後ずさる。
彼は城にいるはずなのに。
思いきり眉間にしわを寄せてこちらを見下ろしていた彼は、私の腕を掴んで軽く引き寄せた。
「この馬鹿が。ふらふら出歩くな」
「ご、ごめんなさい……」
私は俯いて、素直に謝る。
だけど――
「あの、カズマ様、どうしてここに…?」
私がおずおずと問い掛けると、彼はますます不機嫌な顔になった。
「お前が退屈だろうと思って戻ったら、部屋がもぬけの殻だった。どれだけ探したと思ってる」
「ごごごごめんなさいっ!……けど、なんでここがわかったんですか?私いま迷子になってたのに…」
「勘だ」
彼はさらりと言ってのける。
……勘で私の先回りをするって……しかもこんな広い街中で、あっさりと。
どれだけすごいひとなの。
変な顔をしている私に、彼が呆れた声で言った。
「お前はもう少し、俺の気持ちを考えろ」
私はあらためて彼の顔を見上げる。
いとも簡単に私を見つけたように見えたけれど……実際に彼は今、いつも通りの余裕そうな顔をしているけれど。
もしかしたら必死で探し回ってくれたのかもしれない。
城を出て、城下を越えて、こんな広い下町まで。
それはつまり、ものすごく――
「…心配かけて、ごめんなさい」
私は、空いているほうの手で彼の服を小さく掴み、もう一度謝った。
「……」
彼は長いため息をついてから、私の手を引き歩き出した。
無言のままだ。
やっぱり、怒らせてしまっただろうか。
おとなしく彼に手を引かれるまま歩くと、彼は店と店の隙間にある細い道に入っていく。
少し薄暗くて、人は誰も通りそうにない。
帰るんじゃないんですか、と尋ねようとした瞬間、軽く押されて、壁に背中をつける形になった。
彼は自分のフードを取ると、私のフードもするりと外す。
「え、と……」
私が戸惑っていると、彼が私に一歩近づいた。
壁に両手をついて私を見下ろす彼は、やっぱり、怒っているみたい。
「お前は本当に、ずるい」
「え…?」
予想もしなかった言葉をかけられて、私は思わず顔を上げる。その瞬間を逃さずに、彼が私の唇を奪った。
すぐに息が苦しくなる。
頭がくらくらして、必死でキスを受け止めていると、壁についていた彼の右手が腰に回される。
左手は頭に添えられていて、どうやっても逃げられない状況。
顔も背けられないし、膝から崩れ落ちそうでもそれが許されない。
私の両手は抵抗なんて忘れて、弱々しく彼の服を掴んでいるだけだった。
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