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――と。
「ショタと大型犬……想像しただけでハアハアするんすけど……どうしましょう……」
背後から聞こえた理解不能な言葉と荒い息遣いに、私たちはビクリとして振り返りました。
そこに立っていたのは、私と似たようなメイド服を着て、みつあみに眼鏡の少女――リンさまと同じくらいの歳でしょうか。
少女は瞳を爛々と輝かせ、頬を紅潮させてユキを見つめています。
「あの、何か……?」
眉間に思いきり皺を寄せて何かを言いかけた殿下に先んじて、リンさまがおずおずと少女に話しかけました。
すると、少女は我に返ったように慌てて自分の口元を押さえました。
「あっ、すみません!つい妄想が止まらなくて……よだれ出てたっすか!?」
「いえ、よだれは出てませんけど、ユキ……うちの犬をじっと見てたから」
「すみません、失礼しました。このわんちゃんとうちの坊ちゃんが一緒に遊んでたら、あたしが萌え……じゃなくて坊ちゃんが喜ぶかなと思って見てたんですよ」
少女は人懐っこい笑顔でユキのそばにしゃがみ込みました。
「かわいいわんちゃんっすねー!ユキちゃんっていうんすか。いいなあ…坊ちゃんとのツーショット絶対やばいですよ…はあああ胸がドキドキしてきた」
人懐っこい笑顔――が、だんだん、何というか、変態じみた笑顔に変化しているのは気のせい、ですわよね……?
と、そこでずっと黙っていたカズマ殿下が口を開きました。
「おい、お前。誰かに仕えているのか?」
「えっ、あ、まあ、一応」
「お前の主人の家に空き部屋はあるか」
「ありますよ?」
「お前はその毛玉を連れて帰りたいんだろう?」
「えっ!いやいやそんな、人様のわんちゃんを自分の欲望のために連れて帰ろうなんて、」
「そいつを貸してやる」
「えっ?」
「カズマ様!?」
きょとんとする少女と驚くリンさまの声が重なりました。
「その代わりしばらく俺たちを泊めろ」
「えっ?ああ、そんなのお安い御用っすよ!」
「えっ、いいんですか?ご主人様に聞かなくて、」
「坊ちゃんなら大丈夫ですって!あっ、あたしは坊ちゃんのメイドをしてるツバキっていいます。よろしくお願いしますね!」
驚くほどあっさりと、少女――ツバキさんは殿下の頼みを了承してくれました。
「あの、ツバキさん、ご主人様のお名前をお聞きしても……?」
「はい、カイン伯爵って言って、もういい歳です」
「あれ?じゃあ坊ちゃん、というのは……?」
「ええと。そう、坊ちゃんですね、今日の伯爵は」
ツバキさんの不可解な言葉に、リンさまは首を傾げていらっしゃいました。
もちろん私にも、意味はわかりませんでしたけれど。
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