▼ 伯爵と姫君の受難
私の名前はマリカと申します。
とある国の王宮で、王子妃であるリンさまにお仕えしている女官です。
リンさまのだんなさま、つまりこの国の王子であるカズマ殿下は、リンさまのことをそれはそれは溺愛していらっしゃいます。
そんなお二人を眺めてはニヤニヤするのが私の日課なのですが、今日は少し――困ったことになってしまいました。
「私たち、また迷子になってしまったんでしょうか……?」
「ああ、そうだろうな。――ところで何故マリカがいる」
「ええと、それは、ですね……」
順を追って話すべきでしたわね。
お仕事の休憩中、殿下とリンさまは、愛犬のユキを伴って中庭を散歩しておいででした。
午前中にリンさまが兵士たちと仲良くお喋りをなさっていましたから、やきもちを妬いた殿下が絶対にリンさまに何かおっしゃるはず……つまりそこからイチャイチャに発展するはずだと睨んだ私は、お二人の後をこっそり尾けていたのです。
すると、
『あっ!きゃああっ!』
『ワンワン!』
『っ、リン……!』
王宮の中庭にあるはずのない謎の穴にリンさまとユキが落ち、とっさにリンさまの手を掴んだカズマ殿下も一瞬で姿が見えなくなってしまいました。
『大変!』
慌てて穴のそばに駆け寄ったものの、穴の中は真っ暗で呼び掛けても何の返事もありません。
『一大事……ですわ!』
私は意を決して、主夫婦が落ちた穴へ飛び込んだのでした。
「つまり覗き見をしていたわけだな」
「あらいやですわ殿下、人聞きの悪い」
わざとらしく目を逸らすと、『マリカさんはまたそうやって……!』とでも言いたげな目でリンさまがこちらを見ていらっしゃいます。
お顔が真っ赤ですわ。
「だけど、ここは一体どこですの?私たちの国とは全く違うようですわね」
話を戻すと、カズマ殿下がため息をつきました。
「以前もこんなことがあった」
「えっ?そうでしたの?」
「今日みたいに穴に落ちて、『にほん』という国に何日も滞在したんですけど、戻ってきたら一時間しか経っていなかったんです」
まあ、それは何て作者に都合のいい――ではなくて不思議なことでしょう。
「あの時帰れたのも急に現れた別の穴に落ちたからだ。気長に待つしかないだろうな」
「でも殿下、気長に待つとおっしゃっても、泊まるところもなければリンさまがお風邪をお召しになってしまいますわ」
「にほんに落ちたときは親切な女の人の家に居候させてもらえたからよかったんですけど……」
私たちは途方に暮れて黙り込みました。
足元ではユキが首を傾げて座っています。
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