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死にそうな思いでケーキをごくりと飲み込むと、


「あ、お嬢さん。口元にクリームがついてますよ」

わざとらしい声音で時春さんが言った。

「ネクタイ外してティッシュください!」

「大丈夫です。舐めれば取れますから」

「やめてください!!!!」

「やだなあお嬢さん、そうやって期待されても結婚前にそんな破廉恥なことできませんよ!お嬢さんが自分で舐めるんですよ」

「この……っ!」

どこから突っ込んでいいかわからないし、悔しくて頭が沸騰しそうだ。

「早くしないとお嬢さんがクリーム舐めてるとこ写真に撮りますよ」

「〜〜〜っ!!!!」


私は、低い声で問う。

「右ですか左ですか」

「右です」

舌を出して、ぺろりとクリームを舐め取った。


「……クリームになりたいですね。わざと口元につけた甲斐がありました」

感慨深げに何度も頷く時春さんに、呆れて物も言えない。


と、

「あっお嬢さんごめんなさい、左側にもついてました」

言うなり時春さんの人差し指が私の口元を拭った。

そして、

「はいお嬢さん、あーん」


満面の笑みで人差し指をこちらに向ける時春さん。


「この…………ド変態!!!!!」

「ギャアアアアアアッ!!!痛気持ちい………ごふっ!!!!!」

指に噛み付き時春さんが怯んだところで、渾身の頭突きを顔面にお見舞いした。


「二度と……ケーキになんか釣られませんから!!!!」

「お嬢さん前にもそう言っ……ぐほおっ!!!!!」

力任せに蹴りを入れて何とか時春さんを沈め、私は玄関へと駆け出した。

手首のネクタイは解けないけれど、指は使えるから何とか家に帰ることはできそうだ。




マンションのエントランスを出たところで、執事の磐田さんの車がブレーキ音をたてて停まった。

「秋音様、ご無事でしたか」

「磐田さん!遅いです!!!」

「申し訳ありません」

私は、たぶん初めて、磐田さんに文句を言った。

「秋音様の携帯のGPS機能が狂わされておりまして。先程までてっきり、ショッピングモールにいらっしゃるものとばかり」

「……」


むしろそれを見破った磐田さんを称賛すべきところだったようだ。


「秋音様、犯罪の証拠ならいくつか入手しておりますが――ご両親に婚約破棄をご進言申し上げましょうか?」

「……」

「――失礼致しました。証拠は手元に保管しておりますので必要になりましたらお申し付け下さい」

「……ありがとう、磐田さん」


余計なことを言わない磐田さんに内心でも感謝する。


結局、いちばんの変態は、私なのかもしれない。

そんな忌まわしい予感が、頭を過ぎった。



end




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