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「って言ってたのに」
「知りませんよ!」
私は思わず声を上げた。
近くの席の人が数人こちらを見たから、慌てて口元を押さえる。
「小さい頃の話でしょう!?忘れたし、無効です!」
「俺の心には消えないように刻まれてますよ」
「そんなもの捨ててください。心ごと」
「心ごと!?」
「それで新しいのと取り替えてください。変態じゃないやつに」
「まるでパーツのように言うのはやめてくださいお嬢さん、さすがに傷つきますよ?」
「自業自得です。どこかの研究所に大金積んで取り替えて来てください」
「……昔は俺の変態なところを愛してくれていたのに……お嬢さんはいつからこんな風に変わってしまったんでしょうね?」
「また捏造ですか」
わざとらしいため息をつく時春さんをジトリと睨みつける。
すると、
「まさか!事実ですよ!」
時春さんは、目を見開いて言った。
「私は昔も今も変態趣味はありません」
「……覚えてないんですかお嬢さん」
「何を」
「お嬢さんが俺の趣味を全力で受け止めてくれていた頃のことを」
「そんな頃は絶対にありませ、」
「あれは俺が15歳、お嬢さんが6歳の時でした――」
時春さんはまたしても、勝手に回想を始めた。
****
幼いお嬢さんは、結婚生活というものを全く知らなかった――当たり前のことです。
ですから俺は、結婚生活とは――夫婦とは何かをそれは事細かに説明しました。
お嬢さんは『よくわからないけど、おにいさまがたのしそうになさってるから、それってたのしいことなのね!』とご満悦のようでした。
そんなかわいらしいお嬢さんを見ていると、俺は未来のお嫁さんを甘やかしたくなったんです。
だからお嬢さんに言いました。
『結婚したらお嬢さんの下着は毎日俺が洗濯してあげますからね』
『わあ、ありがとう!おにいさま!あきね、おせんたくってどうやるかしらないの!うれしい!』
『毎日違う可愛い服を着せてあげますよ』
『かわいいおようふくだいすき!うれしい!』
『夜は一緒に寝ましょうね』
『ほんとっ!?あきね、いつもひとりでねてるの!うれしい!』
俺がお嬢さんにしてあげたいことを挙げていくと、お嬢さんは本当に嬉しそうに笑ってくれました。
それが可愛くて可愛くて、俺は絶対に今言ったことを実行しようと心に決めました。愛するお嬢さんのために。
と、お嬢さんが小さな手で、控え目に俺の学ランの袖を引っ張りました。
そして俺の顔を見上げて、
『だけどおにいさま、それってあきねばっかりだわ。あきねばっかりやさしくしてもらうなんてだめよ。あきねもおにいさまにやさしくしたいの。なにかしてほしいことはある?』
『お嬢さん……!』
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