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まずい。
慌てて残っていたコーヒーを飲み干したが、効果はないようだった。
昼下がりの陽気、食後の満腹感、そして徹夜の影響で――今度こそ、酷い睡魔が襲う。
「……っ」
それを払うように頭を振り、再びペンを手にする。
しかし、手が動かない。
そのまま、張り詰めていた糸が切れてしまったかのように、瞼も落ちてくる。
だめだ。
このまま眠ってしまえば、起きられる自信がない。
かと言って、この眠気をこの場でやり過ごすのも、とても無理だった。
「……」
俺はペンを置くと、ふらりと椅子から立ち上がった。
少し身体を動かして、目を覚ますしかない。
しかし、
「……っ」
頭の芯が揺れ、ふらついた俺は、机に手をついて何とか身体を支えた。
と同時に、さらなる眠気が押し寄せてくる。
思考がどんどん、奪われていく。
眠たくて仕方がない。
眠い。
――時折よろめいて壁に身体をぶつけながら、俺の足は何故か、無意識に中庭へと向いていた。
とにかく眠い。
限界だ。
どうにか、しなければ――そう考えているはずなのに、頭の中に、声が響く。
『心配なんです』
『私と一緒に食べたくないんですかっ!?』
『カズマ様の意地っ張り!』
その声は、俺をますます覚醒から遠ざけた。
「……リン」
栗色の髪が風になびく後ろ姿を、ぼやけた視界に捉え、俺は彼女の名を呟いた。
当然気付くはずのない妻は、芝生に腰を下ろし、側に座る犬を撫でている。
地面にふわりと広がった淡い色のスカートが、何故かやけに眩しく見えた。
何故、身体が勝手にここまで来たのか、やっと理解する。
眠気に身を委ねる心地良さに必死で抗いながらも、無意識に求めていた別の心地良さ。
ひだまりのような、あたたかい、――
「……リン、」
もう一度、名前を呼ぶと、それに気付いた妻が振り返る。
「カズマ様?」
曇りのないその瞳に、俺はひどく安心する。
ああ、もう何もかも、どうでもいい。
――ふらり、と身体が傾く。
「か、カズマ様っ……!?」
慌てたような妻の声と、倒れ込んだ先のやわからな感触を最後に――俺は意識を失った。
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