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こんな尋常ではない書類の山を相手に、要領がいいも悪いもないんじゃないだろうか。
だいたい、私の目から見れば彼の仕事はとても速い。それでも追いつけないくらいに次々仕事が持ち込まれることが問題だというのに。
確かに、この状況では休めば休むだけ仕事が溜まっていくのは、わかる。
でも、それじゃあ――
「だったら陛下に素直に協力を頼めばいいことです!」
「父上は疲れて帰ってくる、と言ったのはお前だぞ」
「か…カズマ様の意地っ張り!」
「何だと?」
「お父さんにいいとこ見せたいのはわかります、だからって休憩もしないなんて馬鹿ですっ!」
「お前……」
これにはさすがの彼も、手を止めて顔を上げた。
眉間に深い皺が刻まれているけれど、やっとまともにこちらを見たから、私はここで『マリカさんの切り札』を使うことにした。
さっきまでの怒りのままに、勢いだけで言い放つ。
「カズマ様は……カズマ様は私が作ったサンドイッチ、私と一緒に食べたくないんですかっ!?」
しばらくの間、執務室に沈黙が落ちた。
そして。
「……マリカの入れ知恵か」
じとりとした目で彼がこちらを見る。
「えっ!」
どうしてばれたのだろう。
マリカさんが『例え殿下が頑なになってしまわれたとしても、そう言えばイチコロですわ』と豪語していたというのに。
私は情けなく俯いた。
「確かにそう、ですけど、今のを考えたのはマリカさんですけど、でも……でも私ほんとに心配なんです。自業自得でも何でも、とにかくカズマ様が休んでくれないことが、心配なんです」
言いながら、私がいちばん伝えたかったことはそれだったと気付く。
休めない理由なんてどうでもいい。そんなことが聞きたいんじゃない。
私はただ、私が心配だから休んでほしいと――結局は私のために言っているのだった。
「……」
私の声音に真剣さを感じとったのか、彼はしばらく何も言わなかった。
けれど、
「……こまめに休憩はしてる」
「コーヒーを一口飲む、とかですか」
「……とにかく、心配しなくていい。まずいと思ったら休むから」
「……」
『心配しなくていい』と言うのなら、心配をかけないでほしい。
だけど、そんなことを言うのはさすがに気が引けて、私は言葉を飲み込んだ。
同時に、彼は折れる気がないのだと悟る。
私は、バスケットを机の端に置いた。
「わかりました。サンドイッチ、仕事しながら食べてください。私、ユキと中庭にいますから……お休みしたくなったら声かけてください。気晴らしのお散歩くらいなら付き合います」
それだけ言って、回れ右をする。
何を言ってもだめなら、せめて邪魔をしないようにするしかなかった。
「……悪い」
彼の小さな声が背後で聞こえた。
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