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『アルバート様、ミリアムお嬢さんのこと、何かお考えでもあるのですか?』

『何だ?唐突に。しかもあらたまって』


俺が新聞を読んでいるとステラに『話がある』と言われ、彼女を俺の私室に通したところだった。


『ミリアムお嬢さんは今、何も持たないただの少女です。アルバート様にとっては、気まぐれで拾ったペット…それで良いかもしれませんが』

『嫌味なら聞き飽きてる』

『そうではないのですよ。例えばこの生活が世間の目に晒されたとして、アルバート様に関しては、ただの金持ちの酔狂と思われるだけでしょうが、ミリアムお嬢さんには体裁が悪いことになりはしませんか?』

『……』

『もちろんアルバート様の外聞も悪くはなるでしょうけれど、女性であるミリアムお嬢さんの方がもっと傷つくことになるでしょうし、手に入れられるはずのものが手に入らない――そんな人生を送るはめになるかもしれないでしょう?』

ステラにしてはかなりまわりくどい言い方だったが、俺は理解した。

『そうは言っても……』


『考えていること』なら、ミリアムを拾った日からもちろんあった。しかし、ステラにそれを話せば間違いなく愛想を尽かされてしまうだろう。


『何かの形でミリアムお嬢さんに後ろ盾といいますか――ここにいる名目、のようなものを与えてさしあげてはいかがですか?私のようなメイドでも、抵抗があるなら養子でも――例えば婚約者でも』

『婚約者?養子はまだしもそれはどういう冗談だ、ステラ』

ステラの言葉があまりにも突飛で、俺は思わず声を上擦らせた。

『特に意味は。ミリアムお嬢さんが喜ぶのではないかと、なんとなく思っただけですよ』

『……ミリアムの好きはそういう好きじゃないだろう』

『私には何とも。とにかく、お考えになっていただきたいのです。――アルバート様がミリアムお嬢さんを大切に思ってらっしゃるなら』



いずれ売り払う娘だ。そんなことを考えてやる必要はない。

適当にごまかしておけばいい――そのはずなのに。


『ミリアムお嬢さんを大切に思ってらっしゃるなら』という最後の言葉が、やけに引っ掛かるのは何故だろうか。



「ね、お兄さん。難しい顔してるけどさ、嫌なこと全部忘れたくない?」

俺の思考をぶつりと途切れさせたのは、甘くまとわりつくような女の声と、むせかえるような香水の匂いだった。

「お友達は他の女と上の階に行っちゃったよ。お兄さんもあたしとどう?」

こちらにしな垂れかかってきたのは、綺麗な金髪に碧い瞳、魅惑的な雰囲気の女だ。

俺よりはいくつか若い。20代前半くらいだろうか。

「あたし、たぶんお兄さんの嫌なこと、きれいさっぱり忘れさせてあげられるよ?」

腕に胸を押し当てながら、しなやかな指先で膝を撫でてくる。


悪くはない。

俺が金が欲しいのは、気楽に生きたいからだ。好きなことだけをして、何かに煩わされることもなく。

好きなこと、の中には、たまにはこんなことも含まれる。

この女なら、楽しませてくれる気がした。


「お兄さん、名前は?」

女が耳元で囁く。

「アルバート」

残っていた酒を飲み干して、答える。

「アルバートさん、ね」


女が呼んだ俺の名に、不意に別の声が重なった。


『アルバートさん、アルバートさん!わたし、アルバートさんがだいすきです!』


目の前の女とは似ても似つかない、まだ幼い少女の姿が、頭をよぎる。



そして。

「――悪い。他を当たってくれ」


いきなり立ち上がった俺に、女が目をまるくした。

「えっ」


「ミリアムの方が美人だ」


「は、はいっ?ちょっとあんた、」

キッと目を吊り上げた女に紙幣を一枚握らせてから、俺は店を後にした。



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