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【1年前 昼下がりの公園】
鳩を追い掛けては、池をのぞきこんでは、高い木を見上げては、はしゃぐミリアムを道行く人々が振り返る。
無理もないことだった。
12歳になったミリアムは、想像していた以上に美しい少女になった。
見慣れている俺でも、たまにはっとすることがあるくらいだ。
とりあえず最近は、『知り合いの子を一時的に預かっている』という事情をでっちあげ、周りに対しては体裁を取り繕っていた。
だから、今日のようにミリアムを連れて外に出掛ける機会も、少しだけ増えた。
『ミリアムを連れて』と言うよりは、俺が『ミリアムに連れられて』と言うほうが正しいのだが。
ロニーには、あの後、全てを話していた。友人は呆れていたが、最後にニヤリと笑ってこう言った。
『結局売り払わない、に全財産賭けてもいいな』
実際のところ、仕事がうまく行き、現在の俺は期待していた以上の収入を得ていた。
わざわざ人間を売り払うより、危険もなく確実に、しかも定期的に金が入ってくる生活だ。
このままでも構わない、そう思っている自分がいた。
だが、そうなるとなおさら、ミリアムと共に暮らす必要はないということになる。
売り払うという目的がなくなったのなら、彼女を飼い馴らしていることに何の意味もない。
かといって、いまだどこか世間知らずなミリアムを放り出すこともできそうになかった。
『理由はそれだけですか?』
ステラの言葉が、このタイミングで蘇る。
『ミリアムお嬢さんを学校の寮に入れてさしあげれば良いのでは』と提案してきたステラに、『世間知らずなミリアムが寮なんかに入ったらいじめられるだろう』と反対したところ、返ってきた言葉だった。
ステラはこのところ、妙に挑発的というか――こちらを試すような言動が増えたように思う。
いずれにせよ、俺はミリアムのことを決めかねたまま、ずるずると今の生活を続けているのだった。
木陰に二人で座り、ミリアムが作ったサンドイッチをつまむ。
ミリアムから少し離れて座ったはずなのに、気付けばミリアムがすぐそばにくっついている。それは昔からのことだったが、最近それが少しひっかかるようになった。
一度、『よその男にはこんなに近づくんじゃないぞ』と注意したら、ミリアムは『はい!』と嬉しそうに頷いた。
こちらは注意をしたというのに。
「そうだ、アルバートさん。わたし、ステラさんにすすめられて、初めて恋愛小説を読んだんです。とってもすてきでした!アルバートさんは読んだことありますか?」
ミリアムが突如、思い出したように言った。
「恋愛小説……興味がないな。そもそも新聞以外の活字をあまり読まないし」
「そうでしたね。でもアルバートさん、恋愛小説ってとってもどきどきしました。アルバートさんもいつか読んでみてくださいっ」
「いつか、ね」
俺はサンドイッチを頬張りながら、適当に相槌を打つ。
すると、ミリアムが何故か俺の正面に回り、かしこまった様子で座り込んだ。
「それでわたし、アルバートさんにおねがいがあるんです」
向かい合ったミリアムの、深刻そうな瞳に俺は僅かにたじろいだ。それをごまかすように、もうひとつサンドイッチを手に取る。
「何だ?いきなり」
「わたし、アルバートさんのお嫁さんになりたいんです!」
「何……っ!?」
俺は危うく、口にくわえたサンドイッチを吹き出しそうになった。
「お嫁さんにしてください、アルバートさんの!」
ミリアムの真剣な目が、俺を捉える。
本気で言っていることくらいその顔を見ればわかる。――だが絶対に、何か勘違いをしているに違いない。
「お嫁さん、の意味をわかって言ってるのか?」
「はい!お嫁さんになれば、家族じゃないひとと、家族になれるんですよねっ?」
間違ってはいない。
だが――
俺が何と答えるべきか途方に暮れていると、ミリアムが不安げに呟いた。
「それとも――飼い主のお嫁さんには、なれませんか?」
「は?」
「他人どうしが家族になることが、お嫁さん、って書いてありました。アルバートさんは最初にわたしを『娘でも妹でもない』『赤の他人だ』って言いました。だから家族じゃない、って。だったら、お嫁さんになれば家族になれると思いました。……だけど、ペットは飼い主のお嫁さんに、なれませんか?」
「……」
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