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【2年前 飲み屋街】
「おいアルバート、お前最近働いてるんだって?」
「たいした仕事はしていないよ。小金しか入ってこない」
友人のロニーがこちらの肩をドンドンと叩いてくるので、俺はその手を払いのけた。
「けどさ、ここ一年ぐらいお前がつれないって女の子たちも嘆いてたぞ。もしかして運命の出逢いでもして生まれ変わったんじゃないかって噂になってる」
そんなことは、最近はあまり夜の街を遊び歩くこともなかったから知らなかった。
運命の出逢いなんて甘ったるいものじゃないんだけどな、などと考え苦笑する。
「特に理由はないよ。仕事を始めたのは単に金が欲しかったからだ」
「金なんて十分あるだろ。第一遊んでもないのにどこに金使うんだよ。やっぱ女か!?」
俺は、何と答えたものかと思案した。
本当のところは、俺が親にたかって生活していると、ミリアムに知られたからだった。
特に隠していたわけではなかったのだが、その事実を知ったミリアムは、自分の服や靴、本などの私物を全て返すと言い張った。
ステラから両親と不仲だとは聞いていたらしく、さすがに両親に挨拶を、とまでは言い出さなかったが、俺は焦った。
ミリアムのことで使う金は、いわば投資なのだ。
おまけに、ミリアムは今にも『出ていきます』と言い出しかねない様子だった。
結局ミリアムを説得し、俺が働いた金でミリアムの生活用品や嗜好品を買うということで落ち着いたのだった。
『だけど、それじゃあ今度はアルバートさんが大変になってしまいます!働くならわたしが働きます!』
『ミリアムは世間知らずだから駄目だ。すぐクビになるよ。だったらその分、ミリアムが家事をしてくれればいいから』
俺が休みの日は俺が、それ以外はミリアムが家事をすることになったため、ミリアムの負担も増えた。
しかしミリアムが以前に増して生き生きとしているように見えて、悪くないと思った。
「やっぱ女なんだな!?何だよ、もったいぶって隠しやがって!」
俺の沈黙の意味を取り違えたらしく、ロニーが俺の襟首を掴んで揺さぶってくる。
「違うって言ってるだろ」
「考えてみればお前に女遊びをやめて仕事をしてるなんて聖人みたいな真似できるわけないんだ!あれか、もしかして一緒に住んでんのか!?よし、今からお前んち行くぞ!」
「よせ、駄目だ!」
思わず声を荒げてしまったから、ロニーはますます不審に思ったようだ。
「何だよ、お前に怒鳴られたのは初めてだぞ?やっぱ何か隠してんな?」
「――隠してるわけじゃない。いずれちゃんと説明するから、今日うちに来るのだけはやめてくれ。それと女ができたわけじゃない」
俺は観念して、なんとかそれだけ言った。
今日はもう、ミリアムが寝ているはずだ。『友達と会うから先に寝ていてくれ』と伝えていたから。
帰宅しても『アルバートさん、お帰りなさい!』と犬のように出迎えられない日は、そういえば久しぶりだ。
「……なんかややこしいことになってんなら早めに教えろよ?力になるからさ」
なんだかんだで人のいいロニーは、少し眉を潜めてこちらを見た。
「ああ、ありがとう、大丈夫だから」
ただ、他人にミリアムのことをどう説明していいかわからないだけだ。
だから、彼女を連れてどこかに出掛けるようなこともできない。それができればもう少し、広い世界を見せてやれるのだが。
『ペット』と『飼い主』。そんなものが通用するのは、家の中でだけだ。
兄妹にしては年の離れた、親子にしては年の近すぎる――しかも血のつながりは全くない、男と少女。この関係は、一体何だろう。
そのことは、ほんの一週間前、ステラからも言及されていた。
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