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【3年前 アルバートの屋敷】
「アルバートさん、わたし、アルバートさんの役に立つ方法、わかりました!」
10歳になったミリアムは、少し背が伸びた。
ステラが来るたびに、一緒に買い物に出掛けては本を買ってくる。
先日『知らない男の子からもらいました』と、不思議そうに一輪の薔薇を見せてきた。
薔薇は処分し、ステラが来ない日に一人で街に出掛けたりしないように、と釘を刺しておいた。
「役に立つ?」
俺はあくびをしながらミリアムを見た。
なぜかミリアムは、ステラのエプロンをしている。
「はい、アルバートさん!わたし、アルバートさんにめんどうみてもらうだけで何もできていません。だから、ステラさんがいない日は、おそうじとお洗濯をすることにしたんです!それと、できたらお料理もおしえてほしいです!」
俺は慌ててソファから立ち上がった。
「何を急に……」
「わたし、ペットだけど人間です。だから『やさしいきもち』だけじゃなくて、ちゃんと役に立つこと、あげられます!」
「今のは少し言葉がおかしかったぞ」
「あっ、ごめんなさい」
「何にしてもそんなことはしなくていいんだ、余計なことはするな」
いずれ高く売り払いたいと思っているのに、家事をして手が荒れてしまっては商品価値が下がるかもしれない。
俺はミリアムのエプロンを剥ぎ取ろうと、手を伸ばした。
しかし、彼女はそれをさっとかわす。
「よけいなことかもしれないけど……でも、わたし、アルバートさんがだいすきだからアルバートの役に立ちたいんです、おねがいします!」
ミリアムは、勢いよく頭を下げた。
「……」
うまく丸めこんでやめさせる方法が思いつかない。
ミリアムは存外頑固なのだ。本を読んでくれとせがまれていた頃も、だいたいこちらが折れて読んでやるはめになっていたものだ。
「……わかった。だけどそれなら俺もやる。当番を決めて分担しよう」
単純に計算すると、二人で分担すればミリアムが家事をするのは週三日で済むことになる。
問題は、俺が料理以外の家事の仕方を全く知らないことだったが――
「じゃあ、わたしがステラさんにおしえてもらったこと、アルバートさんにおしえてあげますね!」
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「私のお仕事がなくなってしまいましたねえ」
次の週、今回の件を聞いたステラは、少し困ったように笑った。
「俺の生活が爛れていないと、あの人たちがステラを寄越す口実がなくなってしまうからね」
「あら、いやだ。アルバート様ったら」
「事実だろう?」
「まあ、それはそうですけれどね。けれど、アルバート様が家事をなさることになったなんてご報告申し上げたら絶対に理由を聞かれてしまいますからね。不名誉かもしれませんが、相変わらず爛れた生活を送ってらっしゃることにさせていただきましょう」
「……ミリアムのことは報告してないのか」
「旦那様のお耳に入れば、ミリアムお嬢さんが孤児院に連れて行かれるかもしれませんからね。ミリアムお嬢さんはアルバート様と離れたくないでしょうし」
ステラは、中庭で花をスケッチしているミリアムに視線を向け、気遣うように言った。
「というか、拾った時点で報告していなかったんだな」
「私はお二人が『聞きたいこと』だけをご報告申し上げていますから」
ステラがいたずらっぽく笑う。
なるほど、俺は知らないうちにステラに助けられていたことが何度もあったのかもしれない。
「とにかく、仕事がなくて浮いた時間はミリアムの相手をしてやってくれないか。あの子には友達もいないからな」
俺が言うと、ステラは笑顔で頷いた。
「それはもちろん喜んで。でもアルバート様、この辺りにもミリアムお嬢さんと同世代の子供たちは住んでいますよ。そうおっしゃるんなら引き合わせてさしあげたらいかがです?」
「駄目だ。変な虫がつくかもしれないだろう?」
「相変わらず過保護ですこと」
ステラは口元を押さえてクスクスと笑った。
そういうことじゃないんだ、と言っても彼女はますます笑うばかりだった。
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