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【6年前 アルバートの屋敷】


「あるばーとさん、このほんをよんでください、あるばーとさん」


昼間から暖炉でうたた寝をしていた俺は、鈴の鳴るような声に起こされた。

わざとらしく大きなため息をつく。


「ミリアム、寝ているときは起こすなと言っただろ?」

「すてらさんが、だんろのまえでねているときはおこしていいっていっていた、のです」

「……」

「あるばーとさん、このほんはよむのがむずかしいです。あるばーとさん、よんでください」

「俺はお前の親じゃないんだぞ」

「はい、かいぬしです。だけどすてらさんは、そういうと、おこります」

「ステラの前では余計なことは言わなくていい」

「すてらさんが、あるばーとさんにおねがいすれば、よんでくれるって、いっていたのです、あるばーとさん」

「……余計なことを吹き込んでるのはステラの方か」



ミリアムの存在を知るとすぐ、メイドのステラは彼女を医師の元へ連れて行った。

軽い栄養失調以外に異常は見られないと聞いて、ステラは心底ほっとしていた。よく初対面の子供のことでそんな顔ができるものだと思ったのを覚えている。

その時にわかったことだが、ミリアムが喋れないのは声帯に異常があるせいではなかったらしい。つまり、訓練すれば喋れるようになると。

そこでステラのお節介に火がついた。

彼女の仕事に、『ミリアムの言語訓練』が加わったのだ。

幸い、こちらの言葉は理解していたから、覚えるのは早かった。しかし、まだ少したどたどしい。


字もあまり読めないらしく、その教育は不本意ながら俺が請け負った。

その過程で、ミリアムは読書に夢中になった。まだ読めないような本を持ち出しては、『読んでくれ』と俺にせがむ。自分が読める程度の本を選べばいいものを。



俺がミリアムのことを『ペット』呼ばわりしていることは、当然ステラの機嫌を悪くした。

もちろん俺も、始めは『行き倒れの子供を拾って育てる優しい青年』を演じようとはしていたのだ。

ステラの目もあるし、金になる前に嫌われて逃げ出されても困る。


しかし、言葉を覚え始めたミリアムがしきりに俺を『おとうさん、おとうさん』と呼ぶので、うんざりしていた。


『俺はお前の父親じゃない』

ある日、俺はミリアムに言った。

ミリアムは目をまるくしていたと思う。

『おとうさん、ないのですか』

『俺はまだ22だ。6歳の子供がいるような歳じゃない』

『だったら、おにいさん、ですか』

『……』

この関係を説明する体のいい表現が見つからない。

俺はだんだん面倒になってきた。

『飼い主だ』

『かいぬし』

『お前を拾って、飼ってる。お前は俺のペットだ。娘じゃない、妹でもない。わかるか?』

『ぺっと』

『赤の他人だってことだ。俺がたまたま飼う気を起こしたからお前はここにいる。だから面倒は見てやるが、俺に家族としての愛情だとかそんなのを求めないでくれよ?』

『………はい』

最後の言葉は、半分も理解できなかっただろう。しかしミリアムは泣きそうな顔で頷いた。


それを聞いていたらしいステラに、後で散々怒られたものだ。


しかし、そのおかげで、変に取り繕うこともなくミリアムと接するようになり、気が楽になった。


特に何の問題もない生活だ。



――ミリアムがやたらとまとわり付いてくること以外は。



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