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子供は、傘を握りしめたまま、俺の後を小走りで着いて来た。裸足だった。


屋敷の玄関にたどり着いた時、俺はふと気付く。


「……ステラに怒られるな」


雨と泥と埃にまみれたこの子供が、このまま屋敷の床を歩いたら、当然ものすごく汚れるだろう。

そうなると、週に一度だけやってくるメイドのステラに、余計な仕事が増える。



両親と折り合いが悪く、ここに一人で暮らすことにした俺は、その交換条件としてステラの訪問を了承させられたのだった。

あちらからすれば監視の意味もあるのだろうが、料理以外の家事が全くできない俺にとって、ステラの存在は正直ありがたかった。

週に一度というのもいい。そこまで煩わしく感じない頻度だ。

一日で一週間分の洗濯や掃除、その他の雑務を完璧に仕上げてくれるステラは、多少お節介なところもあるが好感の持てる人物だ。

母親と同じ歳だというが、全く違う人種に見える。



とにかく、そのステラが泥まみれになった床を見たら、雷が落ちるに違いない。相手が主人だろうが、そういう時の彼女には遠慮というものがない。

かと言って俺は掃除道具の場所も知らないから自分で掃除をすることもできない。俺が使っているのはこの広い屋敷の一部だけだ。


「ちょっと待っててくれ」

子供を玄関先に残し、俺は一旦洗面所に向かった。

大きなバスタオルを二枚、棚からひったくる。そして玄関に戻った。


身体をバスタオルでぐるぐる巻きにして抱き上げると、子供は驚いた表情でキョロキョロと辺りを見回した。

この高さを知らない――つまり、両親に抱きかかえられたことがないということだろうか。

「軽いな……」

そのまま子供を抱えて浴室へと連れて行く。


浴室に子供を下ろすと、バスタオルを剥ぎ取った。白いバスタオルは真っ黒になっている。これは処分しておこう。


「ミリアム、お前いくつだ?」

尋ねると、子供は指を一本ずつ折っていく。右手の指を全部と、左手の指を一本折り畳んだところで、彼女は俺を見上げた。


「六つか」

想像していた年齢より少し上だった。

「だったら、ひとりで風呂には入れるか?」

子供は小さく頷く。

「浴槽に浸かれるのは週に一回だけだ。今日はシャワーしかないけど、とりあえずその汚れを全部落としておいで」

子供がまた頷くのを確認してから、俺は浴室を出た。



この時点で俺は、『子供を飼う』という自らの突飛な思いつきを、後悔し始めていた。

そんなに飲んだつもりはなかったのだが多少酔っ払っていたのかもしれない。冷静になると、面倒でしかないことなど明らかではないか。

おとなしく、猫にしていればよかった。ステラも『アルバート様が飼われるとしたら猫でしょうね』と言っていたし。


今日は泊めてやるとしても、どうやってうまく子供を追い出すか――俺が暖炉の前で思案していると、背後で軽い足音が聞こえた。


「ああ、ミリ――」

振り返った俺は、思わず言葉に詰まった。


バスタオルをローブ代わりに羽織り、きょとんとしてこちらを見上げる子供の顔は――まるで人形のようだった。

泥にまみれて気付かなかったが、透き通った肌に整った顔立ちをしている。

愛らしさを感じさせる大きな茶色い瞳から、はからずも目が逸らせなかった。



高く売れる。


真っ先に頭に浮かんだのは、それだった。

年頃になれば、それは美しい少女になるだろう。欲しがる者はいくらでも現れるはずだ。


金には不自由していないが、あくまでも親の金だ。

かと言って自力で金を稼ぐ気もなかったから、小言を聞き流し、この屋敷に逃げ込み、結局は親の金で暮らしている。



働かずして大金が手に入る未来が、この手に転がり込んできた――そう思った。


それまで、飼えばいいのだ。犬や猫の代わりに。


何も一生一緒にいるわけではない。この子供が成長するまで――ほんの数年のことだ。

多少の面倒くらいは我慢できるだろう。


遊び暮らす片手間に、金に化ける子供を飼い慣らす。悪くない生活ではないか。

思わず口元が緩む。



俺は、雨の路地でしたように、子供の目線に合わせてしゃがみ込んだ。


「ミリアム。今日からこの屋敷が、お前の家だ」



子供は今日初めての、満面の笑みを返した。





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