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epilogue
「俺たちの出番は全然なかったね、田村さん」
俺が苦笑すると、隣を歩く田村さんは俺の背中でのびている中原をちらりと見た。
「それどころか変態を回収するはめに……まあいいか、必要以上に面倒なことにはならなかったし」
変態が目を覚ましたらどう考えても面倒だけどな、と付け加える。
でもとにかく、早瀬さんの彼女さんが無事だったから、田村さんもほっとしているみたいだ。
俺もそのことには同感だった。
「あの早瀬さん?って人、キレたら意外と見境なさそうな感じだったし、彼女さんが何かされてたら大変なことになってたかもしれないね。まあ、殿下さんほど危なくはなさそうだったけ…ど―――ああっ!」
「そうだ。リンさんと殿下さんのことすっかり忘れてた」
俺が素っ頓狂な声を上げると、田村さんも『まずい』という顔になった。
二人で道の真ん中に立ち止まる。
「俺、田村さんが心配で、二人を置き去りにして来ちゃったんだ」
戻ったら殿下さんに罵られそうだ、なんて考えていると。
「……よくここがわかったな」
田村さんは、なんとなく呆れたような顔でそう言った。
「そりゃあ!好……心配だったからだよ!」
「ははっ、何だそれ」
こちらを見て、笑う田村さん。
ああ、いつもみたいに、勝手に心臓がドキドキして、たまらなくなる。
今すぐに抱きしめて、田村さんにもこのドキドキを移してしまいたい。
だけど、そんなことしたら、きっと真っ赤になって逃げられてしまう。もちろん、真っ赤になる可愛い田村さんも見たいけれど。
「まあ、あの二人は大丈夫だろ。殿下さんがついてればリンさんは安全だし、リンさんがいれば殿下さんは退屈しないだろうし」
田村さんは、そんな俺の葛藤には気付かずに、再びすたすたと歩き出した。
俺も小走りで、田村さんに追い付く。
そして、恐る恐る、彼女の顔をのぞきこんだ。
「そうだね。じゃあさ、田村さん……ちょっとだけ、遠回りして帰らない?」
もうちょっとだけ、二人でいたい。
もうちょっとだけ、田村さんの目に俺だけ映っている時間が、続いてほしい。
ぐしゃぐしゃに抱きしめてしまいたいのも本当だけど、こうやってただ隣にいたい気持ちも、本当だった。
田村さんは、一瞬だけきょとんとして、それからにこりと笑った。
「いいよ」
「ほんとっ!?」
「せっかく天気もいいし」
「うんっ!」
遠回りの道を、さっきよりも心なしかゆっくりと歩いてくれる、俺の大好きな女の子――田村さん。
いつか、同じ道を同じスピードで、手をつないで歩けたらいいな。
そんなことを思いながら、俺は綺麗に晴れた空を見上げた。
「そーいえば、茶藤が今日、限定ケーキ食べに行くって言ってたけど食べれたのかな?」
「……田村さん、やっぱ茶藤と仲いいよね」
「まあね、友達だし。明日もケーキ屋行く約束してるんだ」
「えっ!!!」
「平城も行く?」
「……う、うん!行く!行くよ!」
end
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