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日夏の放った攻撃は、中原の頭にクリーンヒットしたらしい。
一瞬のことで、日夏が我に返ったときには、中原の仰向けの死体が足元に転がっていたのだった。
「早瀬……わたし、どうしたら……」
「日夏、こんなときにどうかと思うけど、ひとつ聞いていいか?」
「なに…?」
「あいつが変態だって、ずっと気付いてなかったのか?」
「……?うん」
「そう……」
本気で、日夏に四六時中ついていたい。先が思いやられる。
しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。
日夏が人を殺してしまったのは紛れも無い事実のようだ。
(どうする……?)
俺が頭を抱えていると、背後から声がした。
「早瀬さん。この変態、死んでないと思いますよ」
「……!紗弥ちゃん!」
ここまで俺を案内してくれた紗弥ちゃんが、中原に冷たい視線を向けながら言った。
「この変態、吸血鬼なんで。前にも平城が消火器で頭殴ったけどピンピンしてましたし」
「え……そうなのか」
俺たちが戸惑っていると、平城が中原に近付いた。
「大丈夫、気絶してるだけですよ。でも一応手当てしてあげようか?田村さん」
「あー…まあ二度と目覚めないでくれたらありがたいけど、そういうわけにもいないしね」
「早瀬さん、この変態のことは俺たちが責任持って面倒見ますから安心してください」
「平城、この変態に責任まで持たなくてもいい」
平城が中原をひょいと片手で抱え上げた。力持ちだな……。
「じゃあ、わたし……中原さんのこと、殺してなかった、の……?」
ほっとしたのか、日夏が涙を浮かべる。
それを見て、紗弥ちゃんがにこりと笑った。
「大丈夫です、彼女さん。殴られたのも変態の自業自得ですしむしろ喜んでるはずですから彼女さんは何も気にしないでください」
「あ、ありがとう……あの、あなたは?」
「通りすがりの中原の知り合いです。彼女さんが無事でよかった、早瀬さんすごく心配してましたよ。――平城、ここで目を覚まされたら面倒だ、さっさと行こう。じゃあ失礼します」
それだけ言うと、紗弥ちゃんはあっさりと回れ右をして歩き始めた。
俺は慌てて、その後ろ姿を呼び止める。
「あっ、待って紗弥ちゃん!何かお礼を、」
「いいですよ、そんなの。それに、さっき言ってくれたこと、けっこう嬉しかったですし」
振り返った紗弥ちゃんは、そう言って笑うと、再び歩き出した。
平城が、少しだけジトリとした目線をこちらに向けたけれど、すぐに紗弥ちゃんを追い掛けていった。
(何だか、助けてもらうだけ助けてもらって、何も返せなかったなあ……)
ぼんやりと二人の背中を見送っていると、日夏が俺の肩をとん、と叩いた。
「早瀬、来たときから思ってたけど、ここ…なんだか魔法の気配がするの。もしかしてここからなら、どうにかして帰れるかも」
「え?―――ほんとだ。そうだなあ、まず垂氷を喚んでみるか」
「そうね。よかった、なんとか帰れそう」
嬉しそうに笑う日夏の手を握り、俺は心に精霊の名前と姿を思い浮かべた。
ほんの数時間の冒険だったけれど、俺は今日のことを忘れないだろう。
きっと二度と会うこともない、優しい女の子との出会いも。
(変態のことは早く忘れたい)
そう思った瞬間に、見慣れた銀髪の青年が、面倒そうに姿を現した。
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