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たまりかねて、私は二人の間に入った。
「カズマ様っっ!!!やめてください!!!私っ……、今のはカズマ様が悪いと思います……!」
「何……?」
彼は、虚を突かれたように固まってしまった。彼がこんな顔をするのは珍しい。
だけど、私が止めなくちゃ。
「だって、カズマ様……助けてくれた人にそんなこと……、」
私がそう言いかけた時。
「リンさんの言う通りですよ、カズマさん。助けてもらったのですからまずは礼を言うのが筋でしょう」
落ち着き払った声がして、振り返ると――背の高い男の人がそこにいた。
彼と同じ黒い髪。だけど彼とは違って、少し伸ばしたそれを後ろで一つに束ねている。
身長は、けっこう背が高いはずの彼よりもさらに高い。
そう、彼は確か――紗弥さんのクラスの先生で、夜美さんの同窓生だという、風来さんだ。平城家で一度会ったことがあったから、お互い顔と名前は知っていた。
と、そばに立っていた男の子が、眉を潜めた。
「風来先生?」
なぜか、男の子も風来さんのことを知っているみたいだった。もしかして、紗弥さんや真也さんのお友達…なのだろうか。
風来さんは、くるりと体の向きを変え、男の子の方を見た。
「早乙女春樹にも落ち度はありますよ。リンさんがお礼を言おうとしていたのにそれを遮ってまで自らの主義主張を初対面の人にぶつけていましたからね。相手が嫌な気分になるのは当然です」
男の子の名前は早乙女さんというらしい。早乙女さんは小声で「一体いつから見てたんだよ」と呟いたけれど、風来先生は構わず言葉を続けた。
「その上、相手の言葉を最初から疑ってかかり、あまつさえ病気扱いした。褒められたことではありませんよ」
「……」
うんざりとした表情の早乙女さんから視線を外し、風来さんは再び彼に向き直った。
「しかし、やはりカズマさん、あなたはいけない。第一、気が短すぎます。二言目には『斬る』だの『殺す』だの、国民の模範となるべき王子たる人間がそんなに短絡的でどうするのですか。気に入らないことを力で解決しようとするのは独裁者の考え方ですよ」
彼は、風来さんから目を逸らし、ぼそりと呟いた。
「……国ではそんな真似はしていない」
「そんな言い訳は通用しませんよ。王子である貴方が一般市民である早乙女くんに相対し、感情をコントロールできず剣を向け脅した――その事実は見逃すことができませんね。王子としてあるべき姿だとは思えません」
風来さんの言葉に、彼はものすごく不機嫌そうながらも何も反論しなかった。というか正論すぎて反論できないのだろう。
すると、早乙女さんがすっとこちらに近付き、小声で私に尋ねた。
「ねえ、あの人、王子なの?」
私は、とても複雑な気分で頷く。
「あ、はい。そうなんです。ええと、とても強くて賢くて、頼りになる王子様、なんです……いつもは」
その間にも、風来さんのお説教は続いていた。
「自分の感情をコントロールできないというのは、危険なことです。もちろん感情を殺せとは言いませんが、感情に支配されてしまうなど言語道断。先日から思っていましたが、貴方には忍耐というものがいまひとつ足りないようですね」
「忍耐だと?」
「特にお妃様が絡むとあらゆる面で我慢がきかなくなるのは問題ですよ」
「……」
「自覚はあるようですね。お妃様が大切なのはわかりますが、もう少し節度を持った行動をしていただきたいものです。貴方は王子なんですから」
彼と風来さんは、同じくらいの歳のはずだ。彼の方がひとつかふたつ年上だったかもしれない。
だけど、至極真っ当な言葉たちを次々彼に浴びせる風来さんの方が、なんとなく年長者の風格がある。普段から人にものを教える仕事をしているからだろうか。
風来さんは、小声で話していた早乙女さんと私の方を見て、問いかけた。
「ところで、三人とも、田村紗弥に用事ですか?」
「あ、あんたらも田村の知り合いなんだ?」
「じゃあやっぱり早乙女さんも?」
「まーね、オトモダチかな。今日も田村で遊ぼうと思って来てみたんだけどね」
「田村紗弥はいないのですか?」
「それが、待ち合わせ場所にもお家にいなかったから今、真也さんが探しに…」
「ではここにいれば戻って来るのですね。田村紗弥に渡す書類があるので俺もここで待たせてもらいましょう」
そんなわけで。
平然としている風来さんと、黙りこくったまま突っ立っている彼、そしてその隣に私、それから早乙女さん――四人並んで田村家の前に立ち、紗弥さんと真也さんの帰りを待つことになったのだった。
私は、早乙女さんとぬいぐるみ作りやお菓子作りの話題で盛り上がり、とても楽しかった――のだけれど、
彼は終始、無言だった。
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