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「大人しく手を引いた方が身の為だと思うが」
残された最後の一人――棒立ちになっている赤髪の男の人に向かって、彼は言った。
が、赤髪の人は、ハッと我に返った後、再び彼を鋭い目つきで睨みつけた。
「……うっせえ!つーか女一人のことで本気でキレてんじゃねえよバーカ!しかもそんな頭傷んだ女!!!」
赤髪の人の叫び声が、辺り一面に響き渡った。
そして。
――彼の動きがピタリと止まり、その場の空気が凍りついた。
恐ろしい沈黙が路地を支配する。
言葉を放った当人でさえ、時間が止まったかのように固まってしまっている。
しばらくして、沈黙を破ったのは、彼が剣に手を掛ける音だった。
「解った。苦しんで死にたいらしいな」
すっと腰の剣を抜くと、無表情で男の人に一歩一歩近付く。
「か、カズマ様っ!」
こんなところで剣を抜いた彼に、私は仰天した。
当然それは赤髪の人も同じで、顔を引き攣らせてじりじりと後ずさる。
「て、てめえ!犯罪だぞ!ふざけんな!警察呼ぶぞ、気違いが!!!」
しかし勇敢にも、後ずさりながら彼を指差し、まだ罵声を浴びせている。
「けいさつ……仲間か。呼びたいなら呼べばいい。何人いたとしても貴様の死に方に変わりはないからな」
このままでは彼が一般市民を手にかけてしまう。それを何とか阻止しようと、私は慌てて彼の名前を呼んだ。
「か、カズマ様…っ!やめてください!私、気にしてませんから……!」
彼はこちらを振り返ると、眉間にしわを寄せて言った。
「気にしろ」
「わ、私だって、カズマ様を気違いだなんて言われたことは許せないですけど……でも、」
「そんなことはどうでもいい。足と目と、どちらから潰されたい」
彼はあっさりと赤髪の人の方に向き直り、尋ねた。
当然、尋ねられた本人は、盛大に顔を歪め、大声で彼に噛み付く。
「ハアッ!?てめえまじで気、」
「あのっ!カズマ様は気違いなんかじゃないです!今もすごく冷静に貴方を殺すって言ってます!あの、だから…謝ってください、ほんとに死んじゃいますから……!」
これ以上は本当にまずい、と私は赤髪の人への説得を試みた。
しかし、
「そういうのを気違いって言うんだろーがああ!!!お前バカか!!!」
……ああ、駄目だ、どうしよう。
彼が、剣を相手の顔の高さに掲げ、一歩踏み出した。
「馬鹿だと?まずその口から切り裂いてやろうか」
「てめえはもう黙れよ!!!まじでぶっ殺すぞ!!??」
恐怖や苛立ちがないまぜになったような、赤髪の人の怒声がこだまする。
どうしよう。このままじゃ、本当に。
――と、その時。
わなわなと震える赤髪の人の背後に、いつの間にか一人の男の子が立っていた。
「ねえ、君、さっきからうるさいんだけど」
赤髪の人はビクリとして振り返った後、明らかに自分より年下のその男の子を見下ろして、怒鳴りつけた。
「あアッ!?なんだガキ、入ってくんじゃねーよ!!!これは俺らの喧嘩なんだよ!」
強気を取り戻したように、声や表情で男の子を威嚇する。
しかし、あどけない顔をしたその男の子は意外にも、それに動じることなくニコリと笑った。
「喧嘩っていうか一方的な暴行にしかならない予感がするよ?やめとけば?そして黙れ」
笑顔だけど、声がすごく冷え冷えとしている。なんだか怖い。この男の子。
「クソガキ、なめてんのか?」
「ていうか実はさっきから見てたんだけどさ、この人明らかに男物の服羽織ってるじゃん。どう見ても男いるよね。何でわざわざ声掛けたわけ?無謀なチャレンジが好きなの?ただの馬鹿なの?どっちにしろただの馬鹿か」
「おい、」
「それとも、こんな危なそうな人にあんなにしつこく絡んでたけど、喧嘩もしたかったわけ?ああ、だからわざわざ男いそうな女の子に声掛けた?でもさ、『二兎を追う者一兎を得ず』って知ってる?知るわけないか、その頭じゃ。それ、脳みそから色が滲み出てるんだよね?」
「っ、」
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