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その時。
「花鳥コラァァ!!!テメーの相手はこの俺だろーが、ですよ!!!」
茶藤くんが刃物を振り上げてセーラー服少女に突進した。
セーラー服少女はそれをひらりとかわす。
「何で陸がこの人をかばうのかしら?」
「かばってねえ!今日限定甘党同盟ですけどね!だいたい俺に殺されてもねーのによそ見してんじゃねーですよ!犬なんかほっといて俺を見ろっつってんですよ!」
もしかして、この二人は両想い、だったりするのだろうか。
いや、違う。殺し合いの話をしているのだ。お互いにやきもち、なんてそんな可愛い会話ではない、これは。
再び始まった乱闘に私とジローがポカンとしていると、茶藤くんがこちらを振り返った。
「何ボサッとしてんですか!さっさと逃げろってんですよ!!!」
やはり私たちを助けてくれたらしい。
私はジローの手を引いて素早く立ち上がった。もう大丈夫だ、走れる。
「茶藤くん、ありがとう!恩に着るわ!」
私とジローは、破壊音と罵声を背後に聞きながら、振り返ることもなく駆け出した。
「香奈さん、ここまで来ればさすがに大丈夫なんじゃ……」
ひたすら走り続けていた私は、ジローの声にやっと足を止めた。
「そうよね。よかった、死ぬかと思っ……、」
振り向いてジローを見た私は、そこで言葉を止めた。
「香奈さん?」
「……耳がない」
「えっ?あっ、ほんとだ!よかった、変な薬の効き目が切れたんですかねっ!そういえば耳も鼻も普通に、」
「耳……しっぽ……」
これからずっとジローには犬耳と犬のしっぽがついてくると思っていたのに。私はがっかりして俯いた。
そして気付く。
「何で手なんか繋いでんのよ」
「いや…香奈さんが自分から…」
「暑苦しい!!!」
私は勢いよく手をひっこめた。
「ええっ!?酷い!!!」
「犬じゃないジローなんてただのストーカーじゃない」
「かっ、香奈さん……!」
涙目のジローに背を向け、私は速足で歩き出した。
何を血迷っていたのだろう。限定ケーキと殺し合いのせいにだということにしておく。
だけどよく考えたら、ジローに助けてもらったお礼を、まだ言っていなかった。
茶藤くんにもらった『ナウ・スイート』の割引券はジローにあげて、一緒にシュークリームを食べに行くことにしよう――私はそんなことを考えて、少し笑顔になった。
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