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「あ、俺、ちゃんとジローです。大丈夫です」
ジローはへらっと笑うと、私を床に降ろした。ちょうど壁が刃物避けになってくれている、安全な場所だ。
いまだ腰が抜けていて、再び座り込んだ私に目線を合わせるためか、ジローも同じように床に座った。
「なんか道歩いてたらいきなり知らない人によくわからない液体をかけられて。そしたらこれが生えてきたんです」
よく見ると、犬耳だけではなく、くるんとした犬のしっぽまで生えている。色や形からして、柴犬だろうか。
「そしたら耳と鼻が異常によくなって足も速くなって。だから香奈さんの危機に遠くても気付いて、すっ飛んで来たんです」
ジローがにこりと笑うと、しっぽがぴょこぴょこと揺れる。
これは――――
「かわいい……」
私は、欲望に抗えず、ほとんど無意識に身を乗り出し、ジローの犬耳を両手で撫でた。
もふもふする。気持ちいい。
しっぽにも手をのばすと、しっぽはもっともふもふだった。
「ぎゃああああ!香奈さん、ちょっと待っ、そんな触られたら理性が!!!」
ジローが騒いでいるけれど、これは可愛すぎる。やめられない。
本物の犬にするように、耳元をくしゃくしゃと撫で回す。
「香奈さっ……ちょっ、やめてええええ!!!!いや、やめなくていいけどやめてええええ!!!!」
「……可愛い」
もう、ジローの声も犬が鳴いているようにしか聞こえない。
と、
「あら、何かしらこの可愛い生き物」
綺麗な声に我に返り、私が振り返ると、いつの間にかセーラー服少女とメイド服少女、茶藤くんが背後に立っていた。
めずらしそうにジローを見ている。
「よくわからないけれど、気に入ったわ。うちで飼いましょう」
『花鳥』と呼ばれていたセーラー服少女がにこりと笑ってそう言った。
「ちょ……だめっ!」
「香奈さっ…!」
私は思わずジローにしがみついた。
「ジローは私の……、」
「っ!?」
「私の犬よ!!!」
「……」
キッとセーラー服少女を睨みつけると、彼女の笑顔がピシリと固まった。
ついでに、隣に立つメイド服少女から殺気がほとばしった。
まずい。せっかくジローのおかげで危機を逃れたというのに、自分から命を捨てるはめになってしまった。
ジローが警戒心をむきだしにした表情で私を背中に隠す。しっぽに触りたかったけれど、さすがにこの状況ではできなかった。
メイド服少女がフォーク、セーラー服少女が拳銃を構える。
どうしよう。こちらには武器もない。勝ち目なんかあるわけがない。
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