▼ その10
「私は、ジローが好きなの!」
あれだけ言いたくなかった言葉は、言えなかった言葉は――躊躇いもなく、私の声になってジローに届いた。
大きな時計が0時ちょうどを指す、カチリ、という音が響いて、
口をあんぐりと開けたジローがその手から取り落とした鏡が、パリン、と割れた。
「好きだって言ってるの」
「……はい」
「あんたのことが好きだって言ってるのよ」
「……はい」
ジローは口をぽかんと開けたまま、ただ頷くだけだ。
「っ!何とか言いなさいよ!」
痺れを切らし、私は叫んだ。
と。
「――――録音、」
「はい?」
「今の、録音しておくべきでした……」
ジローが呆然と口にしたのは、あまりにもジローらしい一言。
そのことに安心したのか腹が立ったのか自分でもわからないままに、今度は私がぽかんと口を開ける番だった。
すると、
「録音してないと、夢かと思っちゃいそうで」
くしゃ、と顔を歪めたジローは、そう呟いた。
そんな風に、今にも泣きそうな顔をしないでほしい。
また、自惚れてしまいそうになる。
――いや、きっと、自惚れじゃない。
あれだけの態度を取った私を、ジローはそれでも、好きでいてくれている。
それが、簡単にわかってしまう。愛想を尽かされたかもしれないという不安なんて、都合よく消えていってしまう。
だからこそ、傷つけてしまったことに、胸が痛んだ。
『ジローに好かれてることが、嫌なの』
そう、傷つけたのだ、あの日、私はジローを。
怒らせたのは、傷つけたからだ。今のジローの顔を見て、改めて確信する。
「それから、ごめんなさい。この間、酷いこと言って。――あんなこと思ってないから、ほんとは」
ジローに頭を下げる。本来なら、告白より先に謝るべきところだったけれど、順番が逆になってしまった。
「はい、わかってます。わかってました」
ジローは、嬉しそうに笑う。
「な、何よそれ……」
「わかってたから、悲しかったんですよ」
「えっ?」
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